この記事でわかることは、日常おこる辛いことは神様が与えてくれた「ギフト」なんだということとそれをしっかり受け取る方法が分かります。
信じれないかたは普通です。 でも普通は辛いですw 信じれる人だけ信じていただければ結構です。
実は科学的に証明できないことは世の中にいっぱいあります。 例えば
「痛いの痛いの飛んでいけ」
この言葉今あまり聞かれない気がしますが科学的に言えば「痛いの痛いの飛んでいけ」といっても飛んで行くわけがないでも、人とはその呪文のような言葉を唱えることで、本当に気が楽になるものです。 なんだか痛みもなくなった気がする。
ガンになった人は病院で患者らしくしているより、外に出かけたり自分の好きなことを思う存分したほうが早く治るいうのはよくある話です。
このことを違う角度からいえば、
「結果は後から付いてくる」
なんだかごくごく当たり前のことですが、それを素直に「やる」か「やらない」かです。そしてそれは作物の栽培にも言えるわけです。
自然栽培(木村秋則氏の提唱するもの)では、
「原理的には証明できないけど、現実に目の前でそうなること」
がたくさんです。
肥料というものは人間の経験や科学的な根拠を土台に今日まで使い続けられています。「肥やすことはいいことだ」私達はそれが当たり前の世の中に生きています しかし、それをうたぐり、本来はそうではないのではないかと、探求した人たちがいました。
そして、それでも商売として成り立たせることができる。その方たちは、農薬や肥料を使うことで起こる害を、見逃さず、改善しようと、命をかけました。
それだけ、その人達にとっては死活問題であったのです。現代人は自然との程よい距離をわすれてしまったのではないか、もう少し自然と寄り添う生き方が人間にはあっているのではないか そんな本来の人間の姿を探し、戦った人たちがいます。 それは、農業の世界だけではありません、生活するうえで、生きづらさを感じれば感じるほど、人は様々なことに気付かされるのでしょう。
そこに幸福の源泉があると感じます。 しかし殆どの人はそれから逃げてしまいます。
ここで言う逃げるというのは「当たり前のこととをしない」ということにも言い換えられるでしょう。 でも、生きづらさは何度もやってきます。
逃げることはできない。よく人は「大人になる」という言い訳をして感覚を鈍くします。
でも、それは逃げているだけ。 逃げずに本質と向き合い、「魂」を向上させることが出来る人は幸福です。 そしてソッチのほうが実は「楽」なんです。
他人から見たら辛く見えるようなことも本人の中では「楽」です。楽で楽しいのです。
そういう人に「神さま」はお金が集まるように配慮し、感覚の鈍く、愛を与えようとしない者からはお金を遠ざけます。 これが、感情のレベルで起きている
「原理的には証明できないけど、現実に目の前でそうなること」
私はそう思います。もう一度言いますが
「結果は後から付いてくる」
なんだかごくごく当たり前のことですが、それを素直に「やる」か「やらない」かです。
今記事のまとめとしては、
「実は当たり前のことをすれば人は誰でも幸せになれる」
たったこれだけです。
しかし、これがなかなか難しいと考えているかと思います。 でも実は簡単なんです。
以上のこと、信じなくて結構です。 でも、私は、私が学んできたなかで素晴らしいことを一人でも多くの人に伝わって欲しいと思います。
最後まで読んでいただいた方ありがとうございます。
そして、私と同じように、あなたが感動したことを周りの人に教えてください。 それが、あなただけでなくこの世を豊かにす。
「原理的には証明できないけど、現実に目の前でそうなること」
なのですから。
オーガニックグリーンスーパーバイザー タカハシ
0 comments on “私達の幸福の源はここにあった。苦しいこと、辛いことから目を背けないほうが、楽で楽しいということ。”Add yours →