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忍者とドルイドの共通点。藤原氏と製鉄、農業と冠位十二階のつながり|Garden Dairy

テクノロジーの源泉はどこから来るのか。

個人的には、インスピレーションという形で、神様から与えられると考えていますが、全てをそれで説明してしまうのは、あまりにも乱暴です。

これまで「火薬」について調べ、それが「農業」の近くから製造することができるとお伝えしてきました。

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これらは、自然界を十分に観察して、研究し、そこで得た自然界の原理を組み替えることで、普通の状態では自然界に存在しないものを生み出すという「文化」が必要でした。

このような実験をすることができるのは、当然ながら王族や皇族、貴族など、土地を所有するほどの権力を保持することができた一族といえます。

今回はそれらの一族をさらに具体的に掘り下げていきます。

農業と製鉄業、賎民、人身売買

自然界にある物質を組み替えてあるものを作るというものの代表的なものに、製鉄技術があります。

食器などを生産する技術とも似ているものですが、「タタラ」と呼ばれる製鉄技術を維持・運営するには、土地だけではなく、製鉄に従事する技術者の食料を生み出すことができる「農業」が必要だということがわかっています。

外食産業が発達している現代では当たり前ですが、「農業従事者以外の人間」の食料を維持することのできる「社会制度」が出来上がっているといいうことが重要なポイントです。

〜以下現在位置を確認します。から引用〜

ちなみに、(意外かもしれないけど)実用に耐えうる「鉄器」以前に、紀元前四千年ごろには、既に人工鉄を作ろうとした試みの跡は、エジプト、メソポタミア、アナトリアなどの小アジアと幅広い地域で見られるようです。ただし、その鉄は強度が足りず、銅に比べて劣るものでした。

この辺りは青銅器の生産も盛んでしたが、それは、古代のこの地域が金属器の生産に必要不可欠な以下の三条件を満たしていたからだとされます。(※2)

(1)余剰作物
 (2)鉱山
 (3)燃料

金属器の生産は専門技術。それ専門で携わる技術者が必要です。そして、食料の生産に携わらない専門職を養うために必要なのが、食利用を生産しない専門職の人たちを養うための余剰作物です。(※3)

〜引用終わり〜

どれくらいの人数の規模かは不明ですが、計画的な農業によって「農業に従事しない人」の分の食料を生産できるほどの生産量を生み出すことができる農業システムや社会構造が、製鉄をするには必要だったということです。

もしかしたら、現在の農協のような仕組みのようなものがあったのかも知れません。

ある人間の集団の「長」が、農業担当者などを選出し、彼が主導する計画的な農業生産があったからこそ、製鉄をすることができたというわけです。

古代エジプトのピラミッドも、多くの労働者が支配者に対して従順であったからこそできたわけですが、その中にいやいや従っていた人がいたとしても、ともかくその仕事をやる社会制度があったからこそ、ピラミッドを作ることができた。

これと同じことが、製鉄にも必要だということです。

それがどれくらい前から行われていることなのかは、今後の課題としますが、その仕組みで「労働力」として重要な役割を持つ存在でもある「賎民」のような存在は、600年頃以降の日本でもすでに「穢多・非人」と言われる形で存在していました。

そして、賎民というのは「土地などを所有する権利のない身分」の者のことで、生活のためには、ともかく目の前にある仕事をして稼ぎを得るしかないというような人たちでもありました。

現代で言えば格差社会の「下」に位置する人と言えます。

もちろんそこにも、財を築いて賎民の身分から抜け出す人もいたことでしょうが、つまるところ、身分制度がある限り、彼らは仕事を選ぶ余裕もなく、奴隷のように働かせられることを受け入れ、生きるしかなかった身分だったと言えます。

で、これらの身分制度が、余剰作物を生み出す「労働力」になったと考えられ、つまりこのような制度があった文明には、もれなく「製鉄」をすることは可能だったとも言えます。

製鉄と火薬と藤原氏

木の幹から花が生え出てくる「ハナズオウ(花蘇芳)」という樹木があります。

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幹から生えるハナズオウ

この木は、新約聖書の十二弟子であったにも関わらず、最後にイエス・キリストを裏切ったことで有名なユダが、最後にこの「ハナズオウ」の樹木で首を吊って死んだという言い伝えがることから「ユダの木」とも言われています。

この「ハナズオウ」は、600年頃から日本を支配し始めた一族が大事にしている植物のようで、この「ズオウ」を原料として採れる「紫」の色が、「冠位十二階」の一番上・最上位に来ていることからも、「紫」がいかに高貴な色だったかがわかります。

〜以下こちらから引用〜

椿は当時、紫を染めるときの媒染剤として、なくてはならぬ存在だった(01-07-01-1 椿の項、06-03-11-1 アカザの項参照)。また蘇枋は金属塩によって著しい媒染作用を受け、アルミニウムの金属塩(ミョウバン)を用いると赤色に、スズを用いれば深紅色に、クロムなら赤紫色に染まった。これは予め色をつける部分に媒染材を用いて、そのあとで蘇枋染料に浸して染色するものであった(06-03-04 茜の項参照)。紙や木にもよく付着して木製の家具や器物の染色などにも用いられた。正倉院の御物の中には、外面は蘇枋を塗り、花の縁
その上に生漆(キウルシ)をかけた、いわゆる赤漆(セキシツ)の『赤漆文欟木厨子』
(セキシツモンカンボクズシ)や、杉の板に同様の赤漆を塗り込めた『古櫃』(コキ)など、今も昔のままに美しい色彩を保っている。これは後の赤漆とは違って、木の木目がそのまま見える、いわば透明のニスの様なものであった。
ところで蘇枋が大事にされていた背景として、推古天皇の時代(603 年)に設けられた『冠位十二階』の制度を忘れることはできない。『日本書紀』によれば徳、仁、礼、信、義、智の位をさらに大小に分け、冠の色をそれぞれ紫、青、赤、黄、白、黒として、こちらの方は大小の代りに濃淡で示した。これは百済の冠位制をまねたもので、この制度は 647 年には冠位十三階となった。そして 649 年には冠位十九階となり、685 年には冠位四十八階が成立したのである。こうなると色彩のほうも 48 種類が必要になる。染色の技術革新も同時に進行していたのだろう。
天武天皇の時代(684 年)に制定された『八色の姓』(ヤクサノカバネ)制度も、これと無縁ではあるまい。貴族の身分の高低を真人(マヒト)、朝臣(アソン)、宿禰(スクネ)、忌寸(イミキ)、道師(ミチノシ)、臣(オミ)、連(ムラジ)、稲置(イナギ)の8 段階に分けて、貴族の序列をはっきりと定めたものだった。さらに682 年にはお辞儀の仕方もそれまでの「匍匐礼」から「立礼」に定められた。衣服の着用ルールも細かく定められ、位や季節によって色や形が決められた。蘇枋は襲(カサネ)の場合は表蘇枋、裏も蘇枋となっていた。四季を通じて着用され、祝いの席にも用いられた。『源氏物語』の巻 33「藤裏葉」(フジノウラバ)には、冷泉帝と朱雀院が六条院に行幸されたおり、舞いの童が蘇枋・葡萄(エビ)染めを着用していたと書き残している。
『枕草子』にも冬の下襲(シタガサネ)としての蘇枋襲(スオウガサネ)の記述がしば
しば見られる。十二単(ジュウニヒトエ=01-02-21 参照)といわれる美しさは、襲(カサネ)の色の組合わせの妙でもあった。12 世紀中葉の今様歌謡の集大成でもあった『梁塵秘抄』(リョウジンヒショウ)には「武者の好むもの」として「濃き蘇枋」があげられている。『襲』とは衣服を重ねて着ることで、重ねと同じ意味で、裏表の色が異なった衣服を着て動作すると、美しさがさらに強調される。これは当時のファッション意識が現代と比較しても極めて高かったことの証と見ることもできよう。
この木と極めて近縁なものにブラジル産のスオウがあり、これも染料として利用
されてきた。1500 年にブラジルに上陸したポルトガル人は、このブラジルの植物をインドで『ブラジル』(蘇枋の一種)と呼ばれていた植物と思い込んで、この地名を「ブラジルの木がある国」(Terra do Brazil=<terra> は大地、地球、世界などと
いう意味) と名付けた。これがブラジルの国名の起源であるといわれている。
花蘇芳の花の色は紫のみと思われがちであるが、白もそれに赤もある。どの色の苗も植え場所は陽当たりがよく、適潤地であれば土質は特に選ばない。肥料や消毒をあまり気にしないでも毎年よく花をつけてくれるが、寒さにはあまり強くない。

〜引用終わり〜

冠位十二階に限らず、紫色が最も高貴な色と言われる文明はいくつか知られていますが、それらの文明も、全く同じ一族だった可能性もあります。

「ハナズオウ」がブラジルの国の名の起源とも言われている、ということもとても気になる情報ですが、ここで注目したいのは、このハナズオウが中国原産の「マメ科」だということです。

マメ科といえば日本で強大な権力を維持している藤原氏の「藤」も、マメ科の樹木です。

そしてこの「マメ科」は、火薬を作るために、とても必要な作物だったと言われています。

〜以下こちらから引用〜

それでは開催、マオちゃんの早わかり異世界硝石製造講座~

覚えないと転生したとき火薬も作れず現地勢力に押しつぶされて死にます!

 用意するもの~

大量の糞尿と動物の死体、家畜小屋や便所の土(雨に当たらないところ)、クローバーやマメ科の植物。細かく切った干し草、砕いた貝殻や骨に石灰、ヨモギや灰

 風通しが良く、直接雨風が当たらない場所を用意しこれらの材料をかき混ぜる。

糞尿はある程度水気を飛ばす必要がある。バクテリア様やカリウムは水に溶けてどこかに行ってしまう。

アンモニアの元となる尿素は糞尿からとるが普通はそれほど含まれない、大酒飲みや病気の尿が手に入ればより良し、鮫やエイなど体内に大量の尿素をため込んでいる生き物を手に入れられればさらに最高だ。

 窒素は空気中に多く含まれるがバクテリア様が食べやすいようにクローバーやマメ科植物など窒素固定作用がある植物を乾燥させて混ぜ込めればさらに良し。骨や貝殻、石灰を砕いてカルシウムを確保する。最後にカリウムを多く含むヨモギや灰を混ぜ合わせる。

 最初にいったように塩硝つくりの要はいかにバクテリア様が糞尿と土の山の中で増えて頂けるかに掛かっている。糞尿や死体はバクテリア様が食べれる分だけ定期的に補給し、細かい干し草などを混ぜ込むことで空気の通り道を作り、定期的にかき混ぜ全体を空気に触れさせる。

 これを続けることでやがては土中に塩硝の結晶が析出するに至る。

バクテリア様が増えることで悪臭も減り貴重な硝石をポコシャカ吐き出してくださるようになる。

硝石の純度も高く、連続で硝石を再生産できる究極の硝石丘法だ。

これは完全に秘匿せねばならんな。

これで、硝石は手に入った。

 硫黄はそれほど近くはないが、間欠泉が湧いておりそこから手に入るだろう。

不足分はシオンに頼んで入手した貰うしかない。だが硫黄は皮膚病の薬に古代から使われてきた。

その他にも”いろいろ”と使われる重要物質だ。この世界ではどうか知らないが交易で手に入れるとなると割高になるかもしれない。 

 そして最後が木炭である。

 この3つの素材マテリアルが75:10:15の割合で混ぜ合わさることで、世界三大発明品究極の発明品! 黒色火薬ブラックパウダーが創造される!!

 しかし混ぜ合わせるときも注意が必要だ。

黒色火薬は硫黄が着火剤として働き、硝石が木炭を爆発的に燃焼させることで爆発が生じるのだが⋯⋯⋯

硫黄は30°で発火するので棒でゴリゴリと混ぜ合わせると爆発してしまう。

羽を使って少しずつ少しずつ混ぜ合わせるのだ。

 混ぜ終わった後に少量の水を加えて粒状にすることで更に利便性と火力がアップする。

こうして火薬は家庭一人一人に届けられるのだ。

〜引用終わり〜

窒素固定は、マメ科の植物を植えることで、そこの土に窒素が多くなり、作物がよく育つと言われ、有機農法などで有名な栽培方法です。

正確には「窒素分が多く必要とされる植物が育つ」と言うだけです。

「火薬」を作るということを現代に当てはめてみると、環境省や市町村や組合が管轄する「バキュームカー」による「糞尿」からは「アンモニア」が生み出され、日本ではどこにでもある木を焼いた「木炭」などからは「石灰」が生み出され、マメ科植物からは「窒素」が生み出されます。

そして、骨や貝殻からの「カルシウム」とともに、「微生物分解」されることで、火薬の原料の「硝石」となるとのこと。

16世紀のドイツでの硝石作りの風景

日本の風習がドルイド教が行なっていたものと同じだということは、以前よりは広く知られるようになったと感じます。

世界を密かに支配するドルイド教の歴史。ドルイド教とゾロアスター教と古代エジプトと古代ギリシアと古代中国と永世中立国スイスとロスチャイルドと秦氏の奇妙なつながり。

先ほどのツイッターの引用の通り、ドルイド文明がヨーロッパで盛んだった頃から、これらの技術があったのでしょう。

そして、ドルイドは「クローバー」または「三つ葉」が重要だと考えていましたが、それは、クローバーを植えることで増やすことができる「窒素」が農業に限らず、火薬製造にも重要だと知っていたからなのかもしれない。

さらに言えば、日本で「みつば」と言えば「三つ葉葵」の家紋を持つ「徳川家」です。徳川=松平家をトップとした江戸時代は、つまりはドルイドが強かった時代とも言えます。

さらに言えば、ドルイドのような「化学」に詳しく、火薬の技術を独占していたのは忍者だと言われています。

つまり、忍者(山伏・修験道)もドルイドの原理を代々「口伝え」で守ってきた一族だということになります。

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現在、紀元前2,000年頃にはトルコのあたりで「製鉄技術」があったとされています。

ここでは誰が先ということよりも、製鉄や火薬を製造するには、「ピラミッド型」の統治体制がしっかりとできていた文明が必要で、その文明・一族が日本にきて「藤原氏」となった可能性があるということ、そして、彼らは天体観測=農事暦(月の満ち欠けが基準)に詳しく、農業(農耕だけではなく畜産業)にも長け、そこから派生した製鉄や陶磁器などの工業にも詳しかった、と考えられます。

世界の西も東も、あるネットワークによって繋がっていたということが、ここからも見えてきます。

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テクノロジーの「源泉」は、ドルイドのように「祈り」をすることで多くもたらされると言う証拠と言えると考えています。

人のインスピレーションは全て「霊的」なものです。

その霊的なものをたくさん受けることができたドルイドたちが世界を支配したということは、十分に考えられることです。

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