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アレルギーの原因はやはりヒ素や水銀の金属毒とタンパク質|Garden Dairy 9月1日(日)

2019年9月1日(日) 月齢1.7(大潮)新月二日後

最低気温(℃)24.2
最高気温(℃) 31.0
日照時間(h)2.9

出典:気象庁ホームページ 、こよみのページ

前回の記事からの十日間は、非常に夏らしく、夕立の日が多かった印象ですが、実際データを見ると朝晩関係なく、様々な時間帯に雨が降っているようです。

ということで、暑さが和らいだ9月の最初の記事では、再びアレルギーについてです。

アレルギーは単なる金属の中毒なのではないかと言う仮定で調べた結果をご覧いただこうと思います。

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これまでの記事では化学的な側面だけから説明してきましたが、ここでは歴史上の出来事から「毒」について考えていきます。

歴史的な事実として、植物など自然界にある物質を調べて、そこに毒性や回復性を見出したのは「支配者・王族・貴族」です。

庶民のレベルで、人の観察から見つけ出された研究成果もあるかもしれませんが、専門的に植物を調べると言うことは、ある程度の富を維持できる組織でなければ、採取して実験して、効果を確かめると言うことは容易ではありません。

どんな組織にも属さずに植物の薬効性を調べることは、顕微鏡をはじめとする、様々なテクノロジーや、学校の理科室のような特殊な器具を十分に持ち合わせていないとできないからです。

マヤ・アステカ・インカ帝国がそうであったように、かつての権力はほとんど、農業知識を豊富に持っていることとイコールでした。

広大な敷地で農業を行い、農業実験場で、新たな品種を開発する。暦に通じて、いつどのタイミングでどんなタネをまいて、いつまでに収穫すればいいか。

このような組織的な仕組みがあってこそ、初めて、毒性や成分の効果を測定できるわけです。

これを考えるだけでも、薬というものが、権力と共にあることがわかります。だからこそ、ヒ素は暗殺の道具として頻繁に利用されていたという歴史があるわけです。

ということで、まずはそのマヤ・アステカ・インカ帝国から見ていきます。

インカ帝国と鳥の羽の毒

マヤ・アステカ・インカ帝国に含まれるペルー北部の遺跡で、最大規模の集団生贄が発見されたことがあります。

これら中南米の文明が、悪魔崇拝で栄えた文明だということをまだご存知ない方は、以下のサイトをご覧ください。

日常的に生贄儀式を行っていたインカ文明の遺跡が、ドルイド教の神官「秦氏」の技術によって作られたとしか思えない理由。

マヤ・アステカ・インカ文明で行われた残酷な生贄儀式が、すべて日本に起源があるという明確な証拠。

インカ帝国の権力構造は、マチュピチュを建てたインカの王族が、もともとそこの土地にあった小国をうまい具合に征服して、中央集権的な方法で支配していた形だったようです。

チムー王国は、その中の国の一つだと思われますが、そこでも生贄儀式が行われていました。

〜以下こちらから引用〜

悲劇的な最期

生贄の儀式が行われたのはペルー北部のウアンチャコ地方のウアンチャキト・ラス・リャマス遺跡で、海抜約300メートルの絶壁にある。遺跡の周囲には軽量ブロックでできた住宅がどんどん建設されている。遺跡から東に約800メートルのところには、チムー王国の首都でユネスコの世界遺産になっているチャン・チャンがある。その壁の向こうは現代の県都トルヒーヨだ。

〜中略〜

2016年にラス・リャマスの発掘が終了したときには、140人以上の子どもと200頭以上のリャマの子の骨が発見されていた。骨と一緒に発見された縄や織物は、放射性炭素を利用した年代測定により西暦1400年~1450年のものであることが明らかになった。

 子どもの骨にもリャマの骨にも胸骨の切断と肋骨の脱臼の痕跡が見られ、胸部を切開して押し広げ、心臓を取り出しやすくしようとしたものではないかと考えられている。

 子どもとリャマの骨の近くからは3人の成人(男性が1人と女性が2人)の遺体も発見された。3人の頭部には鈍器で殴られたような外傷があり、副葬品がないことから、生贄の儀式で何らかの役割を果たした後、すぐに殺害されたと考えられている。(参考記事:「写真で見る古代の文化と副葬品14選」)

 生贄になった140人の子どもたちの年齢は5歳~14歳で、多くは8歳~12歳だった。ほとんどの子どもが海のある西の方を向いて埋葬されていた。リャマは生後18カ月未満で、多くは東のアンデスの峰々の方を向いて埋葬されていた。

〜引用終わり〜

アイルランドなどで発見された泥炭ミイラ(湿地遺体)のトーロンマンなども有名ですが、両者は非常に似ている部分もあります。

湿地遺体の時代は、日本の切腹のように、権力者の座から降ろされた王が、その見返りとして儀式殺人をされたのではないかと言われています。

このチムー王国の生贄儀式も泥が関係しているようなので、どちらもドルイド教的な、太陽崇拝カルト教による生贄儀式だった可能性が非常に高いわけです。

と、ここまで書いてきましたが、本題は毒です。

「チン」という「鳥」が、その羽に毒を持っていると言われていますが、なかば伝説上の鳥であり、実際のところ諸説紛々しています。

鴆|Wikipedia

どちらにせよ「酖毒(ちんどく)」は実在するもので、かなりの猛毒であることは間違いなと思われいます。

鳥の鴆は作り話のたぐいかと思いますが、鴆の名前がついた「毒」は、ヒ素を中心にした原料から作られ、その毒性を、鳥の羽に移して利用していた、実在のものです。

〜以下こちらから引用〜

なお、経書『周礼』の中に鴆毒の作り方と思われる記述がある。

まず、五毒と呼ばれる毒の材料を集める。

雄黄(ゆうおう) – ヒ素硫化物[2]
礜石(よせき) – 硫砒鉄鉱
石膽(せきたん) – 硫酸銅(II)
丹砂(たんしゃ) – 辰砂(硫化水銀(II))
慈石(じしゃく) – 磁鉄鉱(四酸化三鉄)
この五毒を素焼きの壺に入れ、その後三日三晩かけて焼くと白い煙が立ち上がるので、この煙でニワトリの羽毛を燻すと鴆の羽となる。さらにこれを酒に浸せば鴆酒となるという。

煙で羽毛を燻るのは、気化した砒素毒の結晶を成長させることで毒を集める、昇華生成方法の一種ではないかと思われる。日本でも、亜砒焼きと呼ばれた同様の三酸化二ヒ素の製造法が伝わっている。

『史記』における記述として、呂不韋は鴆の羽を酒に浸した鴆酒(ちんしゅ)を飲み、自殺したとされる(渡邉義浩 『春秋戦国』 洋泉社 2018年p.145)。

日本における記述として、『続日本紀』天平神護元年(765年)正月7日条に、「鴆毒のような災いを天下に浸み渡らせ」という表現が見られる他、軍記物である『太平記』巻第三十や『関八州古戦録』巻十に記述があり(関連項目も参照)、『土佐物語』巻第六にも、永禄年間の事として、「潜(ひそか)に城中の井水に鴆毒を入れ」というくだりがあり、これにより気絶する者が続出したと記述されている(死者についての記述はない)。

〜引用終わり〜

おそらく、毒殺が横行していた支那大陸で、その類いの話を伝説化または、美化するために「鴆」という架空の鳥がでっち上げられて、様々に流布されていた。

上で引用したように酖毒は、ヒ素や水銀を含むいくつかの金属から作られるわけですが、これはなぜか、原爆による被曝症状に似ている部分があります。

〜以下こちらから引用〜

■放射性物質も、感知されるたびに大勢の人が騒ぎ「全ての害悪だ」とまるで「悪の本丸」を見つけたように騒がれる。

でも実際には、事象であって、環境における何かの集積を表しているだけなのかとはあまり想起されない。

いずれにしても記録がきちんとした頃は、毒は別であったのだが、敢えてごまかす為に、「鴆 毒(チン毒)であり鳥を集めて作った」と偽ったのかもしれません。

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現代でも「放射能が一匙、集まると毒で人が死ぬ」とか言う素っ頓狂なお医者さんも中にはいるのだから、そして過度にデトックス(重金属除去)する人達も現れる訳で「こいつが悪いです」なんて都合のいい物質がないのは「放射脳の幻惑」に揺れた現代日本も、無知とされた古代の人々も恐らく『人間』としては大差ない事を示しているのかもしれない。

〜引用終わり〜

この方の考察は非常に的を得ていると思います。

現代でも、ある学説が発表されたら、医療界はそれを元に、広告屋が考えた宣伝文句を、全ての医療関係者が復唱するだけです。

そもそも、薬は毒性を持っているものの総称だと医者が話していることを聞いたことがありませんし、薬に依存しなければ生きていけないとうことが、どれほどおかしなことかを確信を持って説明する人を見たことがありません。

放射能が存在して、被曝していることは事実ですが、ほとんどの場合、許容量の範囲なので、人間は正常に暮らすことができるだけです。さらにインフルエンザウイルスもまた、普段から空気中にまっていて、体内に取り込んだ時に、そのインフルエンザウイルスの「悪さ」に打ち勝てないほどに、免疫力が下がっていることが問題だとほとんどの人は知らないかもしれません。

医者が「権威」とみられていること、偉い人の言うことであれば、白でも黒になるということが、大きな弊害になっていると思います。

同じように、古代の人間も、自分で検証すると言う習慣がないので、人の言うことを真に受けて信じるしかなかったので、権力者が広めたことが事実になる世の中だったはずです。

これを洗脳と見るか、正常と見るかは個々人それぞれで構わないと思いますが、どっちが本当に幸せかといったら、しっかりと自分の物事を判断することだと、誰もがわかることでしょう。

他の誰かの言うことを疑いもせずに信じると言うことは、奴隷と何も変わりはないのではないでしょうか。プログラミングされた行動をするだけのロボットと同レベルと言っても過言ではないと思います。

放射能は実際、大して人体に影響を与えません。

そのことを十分に知っている支配者たちは、放射能は危険だと思わせるために、存在しない放射能汚染を化学薬品を用いて「演出」していることがすでに知られています。

そして、ガンで亡くなった小林麻央は、その症状の一つに「黄疸」が見えたことがあるそうですが、黄疸の原因にも酖毒があるといわれているそうで、日本でも頻繁に利用されていたようです。

〜以下こちらから引用〜

「「毒殺」で読む日本史」(岡村青著 現代書館 2005)(志木図ほか蔵)
 古代から明治時代までの毒殺事件について詳述している。
 戦国編には次の人物があがっている。
 小栗満重:酒席で毒酒を飲まされそうになった。小栗正清:酒席で毒酒を盛られた。「鴆毒であったか。」との記述。
 足利直義:「黄疸」の病が実は「鴆毒」(「太平記」巻30の記述の引用)。鴆毒についての解説もあり
 p99「養老律」の「盗賊律」第7毒薬条の引用あり。この「盗賊律」では毒の種類について「鴆毒、冶葛、鳥頭、附子の類い」と定義している。「養老律」は718年頃編纂(『世界大百科事典 29』p565より)
 将軍足利義植:食膳に毒を盛られた。
 松永久秀:病気で瀕死の将軍義栄の枕元に鴆酒を置いた。
 蒲生氏郷:茶席の振る舞い酒に毒を盛った(「武家盛衰記」)。長倉義興:毒酒を飲まされた。
 江戸編にも、徳川家康から孝明天皇まで17の項あり。
 
『毒薬の博物誌』(立木鷹志著 青弓社 1996)
 p150-153「戦国時代の毒殺と鴆毒(チンドク)」の項あり。『太平記』の足利直義が恒良親王に薬と偽って鴆毒を飲ませようとした事例があり、鴆毒について解説されている。
 p153-162「蒲生氏郷と加藤清正」の項あり。

〜引用終わり〜

名だたる将軍たちは「毒を盛り盛られ」と言う、のっぴきならない日々を過ごしていたようですが、黄疸が出ていた小林麻央は、もしかしたら「ヒ素中毒」だったかもしれません。

黄疸とアレルギーとヒ素の関係についてはこちらの記事で考察しました。

アレルギーアトピーの原因はヒ素なのか?なぜか似ている慢性症状|Garden Dairy

鳥の羽には「ケラチン」という「リン」成分があります。

〜以下こちらから引用〜

ケラチンは人の髪の毛なども構成していますが、同じケラチンでも人の髪の毛はαケラチンと呼ばれているタンパク質なので羽根を構成するβケラチンとは成分構成、構造が異なります。

〜引用終わり〜

〜以下こちらから引用〜

(鳥の羽は)皮膚の変形したもの。
ケラチンという蛋白質が主成分。
人の毛や爪もケラチン。
ケラチンには多量のリン成分が含まれ、燃やすと独特の臭いがある。
毛が焼ける臭いは羽毛が焼ける臭いと同じ

〜引用終わり〜

この鳥の羽は。アレルギーを引き起こすことがあるそうです。

〜以下こちらから引用〜

羽毛から発生する微粉塵を長期間吸い込んだ場合、羽毛に対するアレルギーが生じ過敏性肺炎や間質性肺炎を発症することがある

〜引用終わり〜

で、この羽の主成分「ケラチン」に大量に入っている「リン」は「リン中毒」と言われるほどの危険なものです。

〜以下こちらから引用〜

黄リンおよびリン化水素による中毒症。黄リンは空気中で容易に発火し,非常に毒性が強い。急性の場合は麻痺様症状や胃腸症状を起し急死する。多くは3~8日以上の亜急性の経過をとり,発熱,嘔吐,腹痛,下痢があり,皮膚出血などをみるほか,蛋白尿が出て,数日後に黄疸を起す。農業に使用される有機リンは骨,肉のほか,ことに肝臓の障害を起す。黄リンを取扱う工場の職業病にリン中毒性顎骨壊疽がある。

〜引用終わり〜

この「リン」も、黄疸を引き起こす可能性があるようです。

話を戻して、炭鉱「土呂久」でのヒ素公害の症状を見ると、やはりアレルギーに似た症状などが多く見られます。

〜以下こちらから引用〜

わたしの仕事は「団鉱(だんご)」づくり。鉱石を金槌で割って粉にして、素手で握って団鉱をつくる。それを窯の上で乾かしたあと、薪といっしょに窯の中に並ぶる仕事たい。一日のうち半分は、煙のたちこむる作業場で働いて、残りの半分は、窯の近くの鉱山長屋で寝起きする。年から年中、毒煙の中ですごす生活が体にいいわけがない。亜砒焼きの煙にあたると、汗のかきやすい鼻の脇、首、股、腋の下に、粟粒みたいなブチブチがいっぱいでけた。ブチブチの頭が膿をもち、痒いもんじゃき掻くと、破れたとこから汗がでる。「亜砒負け」というて、痛して痒して、なかなか治りきらん。
 手のひらと足の裏の皮が厚うなってきて、気色の悪いことに、固いイボイボがいっぱい飛びだした。イボイボだらけの手のひらは、顔を洗うときに、ごとごと触って痛かった。足の裏のイボイボも、石を踏みつくると、とびあがるほどに痛かった。風呂あがりには政市さんと二人して、柔くなったイボイボを剃刀で削ることやった。「体の中にはいった亜砒が、手と足から出よるっちゃろか」と言いながら。
亜砒の病気は全身にでる。毒の煙を吸うとじゃき、喉をやられて咳がでる。昼も夜も、ゼゴゼゴゼゴゼゴいうとたい。鼻は全然臭いがきかん。目脂がでる。胃腸が弱って下痢をする。そげな体で政市さんな働いた。

〜引用終わり〜

慢性的なヒ素中毒には、黄疸にも似た症状や、咳が出る気管支喘息のようにもなるようです。

汗から体内の毒素が出てきて、そこがかぶれ、痒みもでると言うのは、典型的なアレルギー性皮膚炎とほとんど同じ症状としか見えません。

このように、ヒ素も、アレルギー反応も非常によく似ていることがわかっていただけたと思います。

そしてここまでのことは、「金属」とタンパク質の中の「キャリア」に分類されるものが、アレルギーを引き起こしていると言う下の説明とも、完全に一致します。

〜以下こちらから引用〜

アレルギー発症にかかわるメカニズムとしては、タンパク質と結びつくことが考えられており、こうした働きをするタンパク質をキャリアと呼ぶ。一部の金属アレルギーにおいて、その金属とタンパク質とが結び付くことによってアレルゲンとなり、アレルギーを発症するメカニズムが考えられている。

〜引用終わり〜

卵も牛乳も、含まれているタンパク質がアレルギーを引き起こすと言われていて、そこに金属が関わると、症状が顕著になるのが、あらゆるアレルギーという病気だと考えられます。

ということで、最後にヒ素の様々な特徴を引用して終わりたいと思います。

〜以下こちらから引用〜

ヒ素(arsenic) As
来 歴
ヒ素は、自然環境中や生物体に広く存在するが、天然に単体として存在することは少なく、鶏冠石As4S4、石黄As2S3、硫ヒ鉄鉱FeAsSなど硫化鉱物として存在することが多い。ヒ素の原料である三酸化ヒ素(As2O3)はこれらのヒ鉱の焙焼や銅製錬工程で排出するガスの副産物として得られる。ヒ素には、無機ヒ素化合物、有機ヒ素化合物、揮発性のアルシンガスの形態がある。

ヒ素は三酸化ヒ素として世界で年間5 ~5.3万トン使用されている。その主要用途は無機ヒ素系農薬と工業薬品の原料で全体の90%以上を占め、亜ヒ酸ナトリウム、ヒ酸、ヒ酸鉛、ヒ酸カルシウムなどが木材防腐剤、殺虫剤、乾燥剤として用いられている。シューレグリーン(亜ヒ酸銅)、パリスグリーン(アセト亜ヒ酸銅)は農薬のほかに、顔料としても使用された。有機ヒ素化合物のメチルアルシン酸(MAA)やジメチルアルシン酸(DMAA)は除草剤に、フェニルアルソン酸塩などの芳香族ヒ素誘導体は家畜飼料の添加物として用いられている。

中毒症状・毒性
3価の無機ヒ素は、種々の生体細胞酵素の活性部分に存在するチオール基(SH基)と親和性が高く活性を阻害し、強い生体毒性を示す。5価の無機ヒ素の毒性は明確にされてないが、SH基との親和性が弱く体外排泄が速いことや毒性が発現する前に3価ヒ素へ還元される可能性が強いことから、3価ヒ素より毒性は弱いと考えられている。ヒ素はリン酸と化学的性質が類似しているため、競合やリン酸基との置換が起こり、その働きを阻害する。ヒ酸塩は酸化的リン酸化を脱共役することが示されている。

有機ヒ素化合物の毒性は、ラットを用いた急性毒性試験によると、MAAのLD50は2800mg/kgで、無毒と考えられる値である。一般に有機ヒ素化合物の毒性は弱い。

アルシンの毒性は溶血作用で、ほかのヒ素化合物にはみられない。赤血球に侵入したアルシンは過酸化脂質を生成し、これを無毒化するためにグルタチオンペルオキシダーゼが働き、還元型グルタチオンが消費される。そのため還元型グルタチオンによって維持されていた赤血球膜のNa‐Kポンプの平衡が崩れて赤血球中に多量のNaが流入し、溶血を起こす。

ヒ素中毒はその成因によって職業性と非職業性とに区別され、また曝露期間によって急性、亜急性、慢性中毒に分類される。急性ヒ素中毒は無機ヒ素による場合が多く、亜ヒ酸による服毒自殺や、無機ヒ素が混入した飲食物の摂取で発生している。臨床症状として、重篤な胃腸障害(腹痛、嘔吐)と頻脈を伴う。

慢性ヒ素中毒は、色素沈着症、角化症、多発性神経炎、気管支肺疾患、末梢循環障害などの症状が多発した。

代 謝
哺乳動物は一般に生体内で無機ヒ素のメチル化を行うことが知られている。メチル態のヒ素は低毒性であることから、無機ヒ素のメチル化は生体の解毒機構であると考えられる。メチル基転移反応は主に肝臓で行われると考えられている。また、5価の無機ヒ素より3価のほうが肝臓でのメチル化を受けやすい。メチルヒ素化合物から脱メチル化は起こらないと考えられている。

摂取と排泄については、特別な曝露のない場合、体内に分布するヒ素は食事を解して摂取される。日本人は1日に約200μgのヒ素を摂取しており、ヒ素の化学形態は食品によって異なるが、無機ヒ素はどの食品からも検出される。

ヒ素排泄の主ルートは腎臓で、そうヒ素排泄量の76%が尿中へ、残りは糞便中に排泄される。

放射性同位元素を用いた実験で、ヒ素はすべての組織に分布しており、組織別総ヒ素量としては筋肉が最も多いことがわかっている。無機、有機を問わず、ヒ素化合物を動物に経口投与すると、肺、腎、脾臓に蓄積が認められた。特に肺に顕著であった。5価の無機ヒ素は骨中のリン酸とヒ酸の置換が起こるため、骨にも蓄積する。3価ヒ素は毛や爪のSH基と結合して蓄積する。

食品衛生上の注意点
ヒ素は微量ながら多くの食品に含有されている。食品を湿式灰化後、あるいはヒ素定量装置で定量すると、値が得られるが、ヒ素は存在形態により毒性が大きく異なる。従って検出したヒ素の毒性評価をする場合、どのような存在形態であるかを留意する必要がある。

食中毒事例
1) 昭和23年5月 群馬県において「大福餅」により中毒。患者43名。症状は軽度の腹痛、嘔吐、吐き気を呈した。原因は餅の打粉にヒ素が混入していたためと判明した。

2) 輸入錐豆」による中毒。兵庫県において米の代替て配給されたビルマ産経豆により31名が中毒した。嘔吐、腹痛、下痢、けいれん等、この豆はサルタニ豆100g中49.6~52.9mgの亜ヒ酸を検出した。

3) 鳥取県の中学校において「ドーナツ」 により41名の生徒が食中毒。試験の結果、ドーナツからヒ素と鉛を検出。原因はメリケン粉に農薬のと酸鉛を混入したことによる。

昭和26年 1月 鳥取県において「ドーナツ」により41名が中毒を起こした。症状として頭痛、倦怠感がある。「ドーナツからヒ素が0.08%と鉛が検出され、原因は誤って農薬であるヒ酸鉛を混入したことによる。

昭和26年7月に広島県でヒ素による中毒があり20名が中毒を起こし、2名が死亡した。

〜引用終わり〜

 

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