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富豪はアルコールを飲まない。唐人町とイエズス会の中世日本の外交スパイ|Garden Dairy 2019年2月22日

はじめに伝えなければならないことは、イエズス会はただのキリスト教会ではなく、善人を装ったカルト宗教の一団だと言うことです。

イエズス会と真言密教と浄土真宗と人肉食信仰「クロ宗」の奇妙な接点。フランシスコ・ザビエルを日本に招いた「ヤジロウ」から分かる悪魔教の現実。

キリスト教は確かに素晴らしい教義を持っている宗教でした。

聖書を読んだことはなくとも、「イエス・キリスト」と言う名前を聞いたことのない人などいないはずですし、ザビエルたちがキリスト教の仮面をかぶって世界に覇権を広げられたのは、その教義によって実際に救われたと思える人がいたからでしょう。

激しい奴隷政策で人権などないような生活にさせられていたアメリカの黒人たちが、ワーキングソング(単純労働の時に、歌いながら作業をする)を歌ったり、教会でゴスペルソングを歌ったりしていなければ、もっと多くの人が苦しみの果てに、自らの命を絶っていた可能性もあります。

アルコールによる「世界征服計画」の証拠文書「シオンの議定書」

そして、偽キリスト教=イエズス会が目指していたのは、彼らが活躍していた後の世に世界に公表されることになった「世界征服の計画書」である、「シオンの議定書」の内容にも明確に書かれています。

現在の世界が「多国籍企業」という商社に牛耳られているように、一部の金持ちと真実を知るものだけが何も知らない愚かな庶民を、まるで家畜の豚のように肥え太らせ、娯楽によって「ぱっぱらぱ〜」な状態にさせています。

そして庶民が決してこの「支配されている」という真実に目を向けることが困難な社会構造になっているのが、私たちが暮らしている世界です。

「コネ作り」が必要な人には重要かもしれませんが、根本的に人に益をもたらさない最もたるものが「アルコール」で、それが、人民支配のためには、相当有効なものだということが、以下の文章からもわかります。

「シオンの議定書」からの引用です。

〜以下こちらから引用〜

飲酒で馬鹿になりアルコール漬けになった動物どもを見よ。自由がかれらに節度なき飲酒の権利をもたらしたのである。

それはわれわれやわれわれ一族の歩む道ではない。ゴイム々はアルコール飲料に酔いしれ、かれらの若者たちは因習陋習とごく若いうちから性的堕落に痴呆状態となって成長する。

その性的堕落は、われわれの特別な代理人・・富豪の邸宅の家庭教師、下男、女性家庭教師によって、書記その他によって、しばしばゴイムの娯楽場にいるわれらの女性たちによって手ほどきされた。

かれら代理人の最後に、私は、頽廃と奢侈に他の者たちを引き込む尖兵である、いわゆる「社交界の貴婦人たち」も入れておく。

〜引用終わり〜

この文章には、「仕事が終わったらパーッと一杯やろう!」という文化は「我々の歩む道ではない」とはっきりと書かれています。つまり、彼らは飲酒が危険なもので、人間が健全に生きるためには全く必要でないということを知っているからこそ、「我々の歩む道ではない」と言ったのです。

それを証明するかのように、世界第2位(2017年)の富豪ウォーレン・バフェットはアルコールを一切飲まない生活をしているそうです。

〜以下こちらから引用〜

そして、17時半には退社。クルマで自宅に帰り、妻と食事をして、その後はインターネットでブリッジに興じる。22時に一度電話会議をしてから、眠りにつく。夜の街で遊んだりはしない。酒も飲まない。ゴルフなどの趣味もない。つまり、バフェットはお金持ちになって贅沢な生活を送ることに興味はなく、お金を稼ぐこと、それ自体にしか興味がない人物なのである。

〜引用終わり〜

お金を稼いでも、それが世界の人々を幸せにしていないのであれば、それは賞賛されるものではありませんが、そのほかにも、真意は定かではないものの、日本の歴史上の有名人にもお酒を飲めないか、少ししか飲まない「下戸」と言われている人がいます。

織田信長、土方歳三、明智光秀、毛利元就、大久保利通、西郷隆盛などがそう言われていますが、彼らが「下戸」なのは、それが、人々を支配するためのものだと知っていたからという可能性も否定できません。

蒸留技術=アルコールと錬金術と修道院=イエズス会

近代に繋がるアルコール文化は、蒸留技術が生み出したとも言えますが、それは錬金術が得意とするもので、この錬金術と同じ「化学」の実験をしていたのが、ザビエルたちが所属する「修道院」というシステムでした。

〜以下こちらから引用〜

こうしたリキュール製法は錬金術師たちから、やがて修道院の僧侶たちに伝えられて、中世の修道院はそれぞれ独特のリキュールを創りあげます。リキュールの創案者とされるブランデーの生みの親アーノル・ド・ヴィルヌーブは医者であり錬金術師であります。1300年頃に「ロー・クレレット」という薬酒を作り、病人に与えたのもヴィルヌーブであります。蒸留したワインに薔薇、檸檬、オレンジの花、各種スパイスの成分を溶かし込んだものがそれでありました。

 現存する最古のリキュールは、原形が1510年にできた「ベネディクティン」であります。これはフランスのベネディクト会の修道院で生まれました。錬金術師から修道士たちにリキュールの技法は手渡され、各地で発展されます。

〜引用終わり〜

そしてこの蒸留技術が、糖分のある「あらゆるもの」から「度数の高いアルコール」を作り出すことになりました。

〜以下こちらから引用〜

蒸留技術の応用によってお酒の世界に大変革をもたらした「蒸留酒」。これによって、アルコール度数のより高いお酒がつくられることになりました。そのお酒のことをラテン語でアクア・ビテ「生命の水」と呼んだそうです。

ヨーロッパ各地に伝えられた「生命の水」は、その土地ごとの原料を使って世界中に”蒸留酒文化”が花開きます。フランスやスペインなどのブランデー、ロシアのウォッカ、スコットランドやアイルランドではウィスキーとして、今日も飲み継がれています。しかし、誰が最初に「生命の水」と呼んだのかはまったく謎です。

〜引用終わり〜

嘘つきというのは、最も信じて欲しい時に、正反対の言葉をいう場合があります。「生命の水」は、「生命を奪う水」を隠すための「宣伝文句」だったとも考えられます。

ポルトガル船の種子島漂着は、中華系海賊による「鉄砲伝来」

見出しのごとく、ポルトガル船の漂着による鉄砲伝来ということの真実は、「貿易商人=倭寇(わこう)」による、日本との接触だったようです。

画像出典:ちとにとせ

ちなみに、倭寇が中国人だったのか日本人だったのかという議論があるようですが、つまりはどちらでもあったということでしょう。

なぜなら、今の日本の政治家のほとんどが、大陸からやってきた一団だからです。

〜以下こちらから引用〜

いつ果てるとも知らなかった戦国時代を終焉へと向かわせるきっかけとなった出来事は天文一二年(一五四三)、九州の種子島で起きた。鉄砲の伝来がそれである。

 この一件を「ポルトガル船の種子島漂着」と記憶している人が多いのではないか。しかし、それは間違いである。漂着したのは中国・明の船で、船長は島民と砂上で筆談を交わし、自分は「大明儒生五峯」という者で、同乗の客人の中に「西南蛮種の賈胡(かこ)」がいるとも明らかにしていた。

 ここにある「西南蛮種」とは種子島の西南方向から来た異人種といった意味で、「賈胡」とは西方の商人、その正体はポルトガル出身の船乗り三人だった。

 彼らは何らかの理由からシャム王国のドドラ(現在のタイのアユタヤ)でポルトガル船からの脱走を図り、中国・明の商船に同乗させてもらった。

 明の商船といっても、その船は合法的なものではなく、倭寇の船だった。倭寇とは元来、日本人の海賊をさす言葉であったが、この時期の、いわゆる後期倭寇の主体は中国沿海部の密貿易商人からなっていた。密貿易を本業としながら、時と場合に応じて海賊に転じる。それが後期倭寇の実態だった。

 一行が目指したのは最大の根拠地、現在の浙江省沖にある舟山群島だったが、強い嵐に遭遇して流され、種子島に漂着。それが日本への初めての鉄砲伝来という大事件につながるのだった。

 ところで、漂着した船の船主は「大明儒生五峯」と名乗っていたが、実はこの人物、「五峯船主」「五峯先生」などとも称され、本名を王直(おうちょく)という歴史上名高い倭寇の大頭目だった。

 王直はやがて東シナ海と南シナ海を股にかけて活躍する倭寇一の大頭目と化し、明の当局から最大のお尋ね者とされてからは、現在の長崎県五島と平戸にそれぞれ一大拠点を構え、九州の諸大名から上客として扱われるなど、「海の王者」として一世を風靡した。

 仮に王直の船の漂着がなくとも、日本にも早晩、鉄砲が伝来していたことは間違いない。その場合、鉄砲伝来の地は九州本土のどこかになっていただろう。

〜引用終わり〜

中国の船にポルトガル人を乗せていたのが、偶然のように言われていますが、おそらく、その意図は、日本に武器を売り込み、のちの「大英帝国」の世界制覇までつなげる計画だったと思われます。

ちなみに、種子島は九州の沖合いですが、九州には、古くから「唐人町(唐人=中国人=中華街)」がおかれ、土木、薬、化学、鋳物師、商人などの生業で暮らしていました。

種子島

画像出典:株式会社エスエムケイ

〜以下こちらから引用〜

 唐人町の歴史を紐解くとかなり古く、弥生時代のころにまで遡ることができるそうです。

 近隣国の中国との外交窓口として基礎が置かれ、飛鳥時代にはこの地から遣隋使が派遣され、交流地点としての発展には事欠かなかったようです。江戸時代になると、町の東側に福岡城が作られ唐津街道が整備されました。やがて街道には町家が並び、それらが商店街へと発展しました。

〜引用終わり〜

大工の娘で唐人=中華系の血筋だった「お吉」という人がいます。

彼女は明治維新期に大活躍した御雇外国人、タウンゼント・ハリスの内縁の妻でした。内縁とは正式な結婚をしていない女性だけれども、関係を持っているということ。簡単に言えば愛人です。

諜報員=スパイだった宣教師ザビエルたちの目的の一つは奴隷確保

そして、池上彰のテレビ番組でも言われていましたが、スパイと言うのは現在でも当たり前に存在しており、イギリスでは外務省の情報局「MI6」と言うところが諜報活動を行っていて、最近では、人手不足で新聞広告を出しているそうです。

映画「007(ダブルオーセブン)」シリーズで知られるジェームズ・ボンドが所属している部署ですね。

日本の場合は、自衛隊の中に有能な工作員を育てるための組織があるとも言われていますが、何よりも、外務省というところが、公に諜報活動をしている組織でもあります。

ご本人たちが正義を持って国のためにやっていることは、それが良い悪いは別として、諜報活動ということになります。

そして、中世当時は諜報活動の「口実」として、キリスト教の布教があり、同時並行で、日本の情勢をヨーロッパに流していたと考えられます。

〜以下こちらから引用〜

ジアン・クラッセ(1618-1692)というフランス人宣教師が著書「日本西教史」の中でも、『(日本人は)牛乳を飲むことは、生血を吸うようだと言って用いない。(中略)また牛酪(乳製品)をつくる術を知らないのか、作ろうとしないのか、牛酪(チーズ)もない』

 他の宣教師も1584年に本国宛てにも、『(日本人の)食物(中略)は、牛乳とチーズは有毒なるものとして嫌い、塩のみで味付けする。』という報告を書いています。

 宣教師というのは日本を含めるアジア各国を巡り、キリスト教を布教するのが主な仕事ですが、派遣地の社会情勢・民情を細かく調査し、彼らの本国(西欧)への報告書を書き上げるのも重要な仕事の一つでした。つまり特派員、意地悪な言い方をすれば、西洋からのスパイ的な役目も担っていました。

余談ですが、近年の史学研究では、有名な宣教師・フランシスコ・ザビエル(1506~1552)も西洋からのスパイ説が浮上しています。

兎に角にも、日本に派遣された宣教師たちは、優れた観察眼によって当時の日本民情を記録しているので、日本人の牛乳忌避は事実のようです。

〜引用終わり〜

このことを知ってから一つ気づいたのは、当時もまた現在と同じような社会構造だったと仮定した場合、日本の海岸に「漂着してきた」と言われているほとんどの外国船は、あらかじめ日本側の諜報員が事前に知っていたのではないかということです。

ですので、やはり中世当時の外国船の目的は、のちに世界的な植民地支配により、あらゆる資源を集積し成し遂げた「産業革命」の中心地だった「大英帝国」への下準備だったと考えられます。

オランダやスペイン、ポルトガルや中国や天竺(インド)などの外国船は日本に「火薬」や「キリスト教」を持ち込み、同時にその見返りとして、当時の修道会などが管理していた植民地に必要な労働者を、日本から奴隷としてヨーロッパに輸送していたということになります。

そして、その中には、いわゆる風俗で働かされていた日本人女性も数多くいたそうです。

〜以下こちらから引用〜

「徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。

キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいばかりに女たちを南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫び、わめくさま地獄のごとし』。

ザヴィエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、ユダヤ人でマラーノ(改宗ユダヤ人)のアルメイダは、日本に火薬を売り込み、交換に日本女性を奴隷船に連れこんで海外で売りさばいたボスの中のボスであった。

〜引用終わり〜

アルコールはそもそも、一時的な快楽をもたらす「だけ」のもの。もちろん、人間「気晴らし」は必要ですが、現在の若者たちがほとんどアルコールを飲まないということを見ても、そんなものはなくても真っ当に生きられるということは明らかです。

むしろ、今の若者の方が、物事を冷静に見る人が多いと感じます。

ロックミュージックといえば「酒とタバコとドラッグ」ですが、タバコを日本に持ち込んだのも、当時のポルトガルだったようです。

〜以下「悲しみのマリア、イエズス会宣教師が描かれた南蛮屏風にキリシタン文化への思いをはせる 大阪中津「南蛮文化館」から引用〜

非常に細かく描かれており、眺めれば眺めるほど発見がある。三十三間堂のそばで、煙草を吸う人の姿もある。煙草も南蛮渡来。芥川龍之介の『煙草と悪魔』という小説があったことを思い出す。

〜引用終わり〜

酒とタバコの二つを日本に持ち込んだのが、中世の外国船との接触の時だったということがわかりました。「ドラッグは誰が持ち込んだのか」も気になるところですが、今日はこの辺で。

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