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牛と馬、人と植物の肥料。1990年頃まで汲み取り式便所はあったのか。。。|Garden Dairy 2019年2月19日

以前にも全く同じことを引用しましたが、江戸時代には作物栽培の肥料分として動物の糞が利用されていました。

騎馬・武士文化と牛・馬文化から見る、冷と温の「肥料」|Garden Dairy 2019年2月16日

特に、牛の糞は関東より西側の比較的湿度の高い地域、対照的に馬の糞は、関東以北の東北方面で、湿度の低い場所で利用されていたと言います。

〜以下こちらから引用〜

昭和30年頃(1955年)まで和牛は、関西を中心に西の地方で役肉兼用種として田畑で使われており、関東以北では、主に馬が使われていました。
 鎌倉末期に描かれた『国牛十図』(※)を見ると、牛は箱根より西の土地に描かれており、関東以北には一頭も描かれていません。
 これは、北の地方では冬が長く、農耕適期が短いため、作業のスピードが早いことが要求された(水田耕作での馬の時速は約4.0km、牛は約2.5km)ことや、馬の厩肥(きゅうひ)が発酵(はっこう)によって地熱を高める効果があるのに対して、牛の排泄(はいせつ)物は「冷肥」で、寒冷地に向いていないことによるためです。

 ただし岩手県だけは例外で、鉱山が多いこの土地の坑道では、背の低い牛の方が馬より使いやすいこと、また峠が多いため、傾斜地に強い牛の方が輸送に使うのに便利だったことから「南部牛」が飼われていました。

※『国牛十図』:当時の国産牛の見分け方を紹介したもので、筑紫牛(姿がよい)、御厨牛(たくましいしい)、淡路牛(小柄だが力が強い)、但馬牛(腰や背が丸々として頑健)、丹波牛(但馬牛とよく似ている)、大和牛(大柄)、河内牛(まあまあというところで、駿牛も存在する)、遠江牛(駿牛だが、ややあばれもの)、越前牛(大柄)、越後牛(力が強い)といった特徴が描き込まれています。

〜引用終わり〜

かといって、東北に牛がいなかったというわけではなく、必要に応じて牛も利用されていたようです。それで気になったのが、江戸時代の肥料はなんだったのかということ。で、調べてみました。(こちらを参考にしました。) 

江戸期に利用されていた肥料の種類と原料

  • 緑肥|畑に生えている雑草などをそのまま肥料として利用。苗肥(なえごえ)草肥(くさごえ)など。中でもひまわりは特に有名。
  • 草木の灰|植物が燃えた後に残る灰。カリウム、石灰分(=ミネラル・金属)が豊富。土壌をアルカリ性に寄せられる。
  • 下肥|人の排泄物を発酵させて利用。江戸期に増えた。記録では鎌倉期から利用され始める。
  • 金肥|干鰯(ほしか)と油粕(あぶらかす)。鰯(イワシ)だけではなくニシンも利用。灯として使っていた「魚油」の副産物は「〆粕」。綿花栽培に効果あり。農業従事者が自前では作れずにお金を払って買っていたので「金」の「肥料」=「金肥」

ちなみに、こちらのサイトでは、縄文・弥生の後の古墳時代からすでに牛と馬が農業に利用されていると書かれているので、おそらくこの頃から、家畜の糞を肥料にする技術はあったのではないかと考えられます。

平安時代には、家畜糞の利用がされていたことが記録にもあるようです。

下肥を調べていて思い出したのが、そういえば昔の祖父母の家は、いわゆる「ぼっとん便所」だったということでした。

画像出典:発見館日誌

蚕(カイコ)を飼っていた祖父母の家には、生活をする母屋の横に、母屋と同じ大きさの二階建ての建物があって、その二階に「カイコ」がいっぱい飼育されていました。

おそらく1990年代頃まで養蚕業(ようさんぎょう)をやっていたということになりますが、今更ながら驚機です。確か記憶のなかの祖父母の家のトイレは、上の写真のような「汲み取り式トイレ」で、穴があって、下を覗くと当然”あれ”が溜まっているんですね。

で、こちらによると、世界的にみても人糞を農業に利用するのは、日本くらいで、珍しいことだったらしいです。特に、その利用が増えた江戸期には、農業がより豊かになったと。

江戸期に下肥を集めたのが「共同便所」でした。

20071125_56573.jpg

画像出典:めざましどけい

都市部に人が増えて、その人たちから集中的に下肥を集めることができ、排泄物にもランクがあり、上流階級の者ほど高値で取引されたということもあったようです。当然今よりも、衛生面に数々の問題を抱えていたはずですが、それでやってきた江戸の日本すごいですね。

そんな日本の「不衛生」を指摘したのが、かのダグラス・マッカーサーだったそうです。日本はアメリカに占領されてたんだよ?というと驚かれることも多いですが、その時にマッカーサーが持ち込んだのが「化学肥料」でした。

これがある意味諸悪の根源ともいえますね。

そして、ついに最近になって、TPPの締結や種子法の廃止によって、すでに多国籍企業の農業資材が多く出回るようになってきています。

偽装農家とは誰なのか⑤全自動農村が大企業主導=国家とグル。国の税金を引っ張る、農村の不労収入の現状|Garden Dairy 2019年1月4日

もちろん、化学肥料の全てが悪いというのではなく、度を過ぎて利用するとあまりにも危険だから、その使用法には、もっと規制をかけるべきだと感じます。

ともかく、かなり衛生面では進歩した日本です。これほどに恵まれた国は他にないということは本当に深い感謝しかありません。

しかし、衛生面が綺麗になったからこそ、本当に人間の心の中から、不安や心配を取り除く時だと強く感じます。目に見える外面ばかりよくしても、自殺者が毎年多く出て、まるで独裁者のような政治をしている国が果たして本当に幸せな国だと言えるでしょうか。

根本的に不安を解決する方法を人類が知ることができなければ、日本もいずれ、アメリカのようなめちゃくちゃな国になってしまいます。

アメリカが世界の覇権国家であるという幻想。アメリカが日本を守ってくれているという幻想。

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