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金貸しと通信と王室。恐怖が生み出した借金システム|Garden Dairy 2019年2月日

これまでの続きのようなものです。

中世ヨーロッパ医療と百姓。「たみ」という日本列島先住民。修道院と錬金術とヤクザ②|Garden Dairy 2019年2月4日

イタリア金融商人と源氏と明治維新。修道院と錬金術とヤクザ③|Garden Dairy 2019年2月10日

 

農業のことを調べていると、土が重要だということに行き着き、すると必然的に「微生物」に行きます。そして、それは「発酵」などにも繋がりますが、結局のところこのような研究をできる富と権力がなければ、現代の科学につながるような研究はできないということが必然的にわかってきます。

研究をするには「土地」を所有していなければなりませんし、さらに、その土地を有効に利用できる財力と組織力がなければ何もできません。研究のための専門的な機械設備も必要です。農業は科学=自然観察研究がなければ、発展することはありません。

科学は、かつての「化学」のことで、その前は「錬金術」や「哲学」と同じでした。プラトンやアリストテレス、ピタゴラスという人たちが、日常の当たり前な物事を、あれこれと考え観察した結果発展した文化が、現代のテクノロジーを生み出しました。

そんな文化の中からここで注目するのは、現代日本で、おそらくほぼ全ての人が利用している「お金=Money」についてです。

交換と金=Goldの「蓄積」と所有

私たちが利用している「お金=マネー」とは、突き詰めると、誰もが価値を認めるものであれば、なんでもいいと言うことになります。

金や銀、銅は今でも利用されているお金(硬貨)ですが、かつての日本では国に納めるべき税金(年貢)として「お米」が利用され、価値あるものとされていたものでした。

そして、現在は紙幣もまた私たちにとっての「お金」で、その原料は紙や調合物ですが、これは「お米や金(Gold)の重さで実際に測るのは面倒だから、金額を証明する『証書』と発行し、それで取引をしよう」と言うことからできたと言われます。

これは金額を書いた「小切手」を、銀行に持っていけば、実際のお金と交換してくれるのと同じことです。

これをやっていたのが、金貸しと言われる人たちで、彼らは当初、お米や金(延べ棒)などを実際に「預かって」いました。つまり、それだけの建物を建てられる土地を持っていた人たちともいえますね。で、実際にお米や延べ棒を保管していると、基本的に「いざ」と言う時にしか必要としないものなので、当時ただの倉庫管理人だった金貸したちは、その倉庫の中のものを、「いますぐ」必要な人に貸し出すようになった。

この経緯が、銀行の始まりとしてわかりやすい説明です。

蓄積された他人の財産を貸し出して、返す時には「利息」を取っていた。「財産管理にも費用がかかるから」という理由が説明されますが、どう見ても悪意しか感じません。

で、当然この「利息」を持ってくるのは、お金を借りた人です。

普通、世の中では働いた分に応じで報酬をもらうと言う原理があります。絵の具を買って絵を描いたら、描いた分だけ、その絵が上手い分だけ報酬も上がるものです。

しかし、銀行はこの法則から逸脱して、他人が稼いだお金、生み出した価値を預かり、その価値から「架空の価値」を生み出すと言う、まさに「錬金術」とも言える方法はじめました。

これがのちに「準備金制度」というものを作りあげ、銀行は誰かにお金を貸し出すと、その十倍のお金が増えるという謎のシステムの中で運営されています。もしあなたがローンを組むと、法律の「決まり」で、銀行は貸し出していいお金が、貸し出したお金の十倍生み出されます。

それは、実際には存在しないお金です。

現在の私たちはこれが当たり前の世の中に暮らしていますが、これをまずは「詐欺行為」だと認識して、悪だと指摘しなければなりません。

「借金」と言う方法がまかり通っている現在の世の中が、どれほどに狂っているでしょうか。会社を興すにも何をするにも、借金から始めなければならない世の中が異常だと明言しなければ、これからもっと、私たちは苦しめられるでしょう。

ソフトバンクの孫正義の借金が10兆円規模だと言われていますが、それだけ銀行にとって良いことをしてくれた、だから、銀行ももっと貸し出すようになる、という循環が生まれます。

ということで、その銀行という仕組みの歴史がどういったものだったのかを見ていきます。

王の富を掌握した「借金」という仕組みの勝者=銀行

そもそも、お金というのは、交換するときの「目安」だったものです。「2枚の絵と魚4尾は同じ価値」のようなものですが、そもそもこれは非常に曖昧です。だからこそ、そこに一定の基準を作るわけですが、現在でも「地域通貨」というものがあるように、地域ごとに違っているのが本来の姿のはずです。だから、何も、「円」、世界的に見れば「ドル」で全ての売買をする必要はそもそもないとも言えます。

で、驚くべきことに、世界中の中央銀行は「民間企業」だと言われています。いってしまえば、一人親方で有限会社を名乗る大工さんと、根本的には何も変わりません。

が、政府と結託して法律という「権威づけ」をすることで、従わなければならないものなっています。

簡単に現代から遡ると、日本の明治時代に今に続く中央銀行システム「日本銀行」が誕生しました。もちろん、民間企業です。2019年現在の総裁、黒田東彦の祖先は黒田官兵衛で、代々、政府(幕府)に仕えてきた一族です。

この日銀の設立には、その当時すでに中央銀行システムを構築していた、スコットランド人らヨーロッパ人がその方法を日本に伝えましたが、当時スコットランド=イギリスは「大英帝国」として強大な植民地により大きく栄えていました。

オランダ東インド会社と対抗するイギリス東インド会社を設立し、その海上貿易と植民地による莫大な富はイギリスに集中していました。

この世界貿易を支えたのが「株式会社」という仕組みです。出資をして、植民地からあらゆる資源を得る。という単純な仕組みでしたが、この株式会社の先駆けと言われるのが「騎士団」という仕組みでした。

十字軍やテンプル騎士団として有名ですが、遠征先での略奪行為で、人=奴隷や物品、財宝を得ていました。テンプル騎士団はヨーロッパから海を渡ってスコットランドに向かい、彼らが、世界初の中央銀行システムである「イングランド銀行」を設立と言われています。

これは、ロスチャイルドが登場する前の話で、つまりは、ロスチャイルドもまた、これらの金融一族が作り上げたネットーワークだと言えます。

ロスチャイルドを利用するイタリアの金融商人と情報操作と兵隊=騎馬団はワンセット

ヴェネツィアやジェノバ、ミラノ、トリノ、ボローニャなどの北イタリアに、ロンバルディア地方があります。ここ「ロンバルディア」の金貸し商人がテンプル騎士団を創設しましたが、この金融都市と同じ仕組みが、ロンドンの「ロンバート街」とニューヨークの「ウォール街」にあります。

〜以下こちらから引用〜

1100年以降 北イタリアで都市共和国の誕生
・十字軍遠征から最大の利益を引き出していた北イタリアの諸都市が、独立の都市共和国を形成。
12世紀には、北イタリアからスイスの商業都市が、ミラノを中心としたロンバルディア同盟を結ぶ。その後、ロンバルディア地方のイタリア金融家がロンドンのシティーに進出して行った。
・ヴェネチアはもともと利子の取得を禁止していたが、14世紀には解禁。国際金融都市として急速に発展した。

〜引用終わり〜

これらの騎士団はその源流がバビロニアにあると言われています。

出典:宝瓶宮占星学

〜以下こちらから引用〜

亡命花郎集団は「蝦夷征伐」や「蝦夷経営」において、あるいは「平将門の乱」において「功績」を挙げて、佐竹氏、武田氏、足利氏、新田氏、宇都宮氏、小田氏など、坂東における源氏武士団を形成していくのである。
カッシート人がインドに進出してクシャトリアに転化したか
しかし、このインド・クシャトリア階級がどのようにして発生したのかを納得いくかたちで説明しているものはないように思われる。
筆者の考えはこうである。クシャトリアのクシャは、カッシュ人のカッシュ、カッシートのカッシからきていると思われ、カッシート王国がバビロニアで滅亡したときに、アラビア半島などを経由し、アーリア系やカルディア人などと混血し、インドのクル王国やコーサラ国やマガダ国へ亡命し、その王族や貴族や騎士としてクシャトリア集団に転化したのではないかと思われる。
カッシート王国時代、カッシート人はバビロニアに第三王朝を建国し、そこに馬と戦車をもたらし、王族と貴族と将軍などを構成していた。彼らは当初から騎馬軍団の要素を持ち合わせており、インドに進出してクシャトリアの騎士貴族階級を形成する素質は十分にあったのである。
鎌倉時代、室町時代、江戸時代と武家の政権を担ってきた源氏。通説では、第56代の清和天皇の皇子、貞純らに賜った姓だとされるが、すべてを清和に結び付けるための、あるいは渡来系であることを隠すための系図詐称の疑いが強い。源氏のルーツは新羅の花郎(ハラン)戦士団からインドのクシャトリア騎士団、さらにはメソポタミアのアーリア系カッシート騎士団にたどりつくというのが、著者の見解である。

〜引用終わり〜

これは、バビロニアから東回りの「騎士団」が日本にまできたという動きですが、これが西回りにいったことも十分に考えられます。

ちなみに、バビロニアといえば、「塔」と建てようとして、神の逆りんに触れて世界中に散らされた一族のエピソードが旧約聖書にあります。

〜以下こちらから引用〜

全ての地は、同じ言葉と同じ言語を用いていた。東の方から移動した人々は、シンアルの地の平原に至り、そこに住みついた。そして、「さあ、煉瓦を作ろう。火で焼こう」と言い合った。

彼らは石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。そして、言った、「さあ、我々の街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。あらゆる地に散って、消え去ることのないように、我々の為に名をあげよう」。

主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり、そして仰せられた、「なるほど、彼らは一つの民で、同じ言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」。主はそこから全ての地に人を散らされたので。彼らは街づくりを取りやめた。その為に、この街はバベルと名付けられた。主がそこで、全地の言葉を乱し、そこから人を全地に散らされたからである。
— 「創世記」11章1-9節

〜引用終わり〜

この時から、彼らは「世界中の民を一つにしよう」という考えを持っていて、陰謀論で知られる「ニューワールドオーダー(NWO)」と同じく、世界を同じ言語や価値観にして統治しようとしました。つまり、旧約聖書の時代から、世界を統一しようとしている人たちがいて、常に彼らは神様が望むものと真逆のことしてきたということです。

で実際に、日本の明治期には「世界王室連合」という形で、世界中の「王室・皇族」を一つにしようとしていたということがあったようです。

〜以下こちらから引用〜

「堀川政略」の概容
ナポレオン戦争を経て、半封建的領邦国家から近代国民国家に変貌した欧州列強からの日本に対する国際化要求は光格天皇の御宇に始まり、欧州王室連合から日本皇室に対する皇室国際化の要請がしだいに現実味を帯びてきました。
具体的には、将来の世界王室連合への参加の呼びかけです。これについて、孝明天皇と側近が討議を重ねます。側近とは仁孝天皇の猶子(ゆうし)で孝明にとって養兄に当る青(しょう)蓮院(れんいん)宮尊(そん)融(ゆう)法親王と侍従岩倉具視です。
討議は、わが国が欧州列強に交わり近代国民国家として国際舞台に立つためには、政体の新しい装いとして立憲君主政体の樹立が必要になることで一致します。これを前提に、古代から続くわが國體(こくたい)を護持しつつ皇室を国際化するには、畢竟(ひっきょう)皇室を表裏に分けて二元化するほかないとの結論に至ったのは、日本天皇の本質が国民国土の安全を祈念する国家シャーマンだからです。つまり「オオキミはカミにいませば」の本義です。
大政奉還が行なわれて京都に政権が移ると、徳川幕府の本拠江戸は廃れて旧(もと)の武蔵野になることを、天皇は憂慮しました。国土の均衡上、立憲君主制の帝都を東京すなわち江戸に定めねばならず、国家元首たる天皇は、政体と皇軍に君臨するため東京城を皇居としなければなりません。 
しかしこれでは國體天皇の国家シャーマンとしての霊力に陰りが生じます。大峰山から富嶽に昇る朝日を拝するためには、関東に動座することは適いません。これにより政体天皇は東京城に、國體天皇は西京(京都)に座すべきことが必須条件と認識されたのです。
皇室が世界王室連合に参加すれば、王室間外交は勿論、欧州王室の慣行である王室間通婚を避けて通れず、その結果皇統に外国王家の血統が入れば、わが国従来の國體観念と乖離(かいり)する虞(おそれ)があります。また世界王室連合の一員となった皇室は、王室連合の金融を担当する金融皇帝ロスチャイルドに対する協力・支援も必要となり、国際金融にも無関係でいられなくなります。

〜引用終わり〜

この文章は、日本の皇室が欧州の王室とつながることで、日本のアイデンティティが失われることと、金融業に加担することになることが「不本意だ」と言いたいような書き方ですが、それは彼らが実は望んでいたことだとしたら、この書き方には嘘があるように見えます。

そして、その少し前には、「シオンの議定書」という「議事録」という形で、同じように世界を支配するという取り決めがなされていました。バベルの塔の時に、失敗していたにも関わらず、懲りずに「世界統一」をしようとしています。

〜以下こちらから引用〜

「奴等を追い出してしまえ。永遠の争いの因である国境だの、宗教だの、国債だのをなくして平和と安らぎをとり戻そう。この政府や国会では、どうしようもないのではないか。我々すべてを統一し、救済する世界の王を与えよ」などと、人民をこうした絶叫に導くのには、諸君もご存知のように長い年月の工作が必要である。

我々は絶え間なく、あらゆる国で、政府と人民の関係を撹乱しなくてはならない。民衆を憎悪、闘争、欠乏、餓えにさらし、悪疫の伝染でふらふらにし、結局我々の金力とその支配下に入る以外にないように追い込むのだ。もし人民にちょっと一息入れさせると、このチャンスは逃してしまうだろう。

〜引用終わり〜

本来、一人ひとりが全く違う個性を持っていて、それには深い意味があってそうなっているはずなのに、彼らは自分たちが「支配しやすい」ように、常に、一つの価値観にしようとしています。で、これは自然の法則に合っていないのですから、当然うまくいくはずはありません。

そしてつまりはこれらの一族は全て思想的には一緒であり、世界中に散らばりながら、時に暴力的に略奪し、時に、知恵を利用して人々には「目論見」がバレないようにし、「世界統一」ということに向けて行動し続けてきたこと、そして今の所は、彼らの出発点がバビロニア地方だったということがわかります。

で、バビロニアで世界統治を目指した一軍は、騎士団(十字軍)という形で「株式会社」の原型を作りました。それは、恐怖が根本原理に埋め込まれているものなので「〜しなければ、生きていけないね」という、恐怖を基にした「脅し」の原理がここに働きます。

で、遠征した先々で「死にたくなければ、静かにしてろ」といいながら略奪して、その富を増やしていったのでしょう。

バビロニアから西方向に行った一群は、北イタリアでその「金貸し」という商売を発展させて、初めて「証券」というシステムを運用し始めました。

先ほども言ったように、これが現代の「紙幣」につながるものですが、これは現代でいえばロッカーに荷物を預けて受け取る「カギ」だったり、クロークに荷物を預けて受け取る「番号札」です。この時点ではそれ自体に大きな「価値」なく、紙切れや木片、メダルだったりしました。

しかし、金貸したちは自分たちの「金庫」に多くの富があるけれども、ほとんどの人は、その富を取りに来ない。だから、金庫の中の「他人の富」を一時的に貸しても大丈夫だ、と考えます。そこで、現金を必要とする人に「貸し出す」ということを始めました。

そのときも「これだけの価値のあるものをあなたに貸した」ということを証明する「契約書」「証券」が発行され、そこに書かれている「金額」を元に、お金を借りた人は買い物をすることができた。

で、当然ながら、借りた金は返さなければならい、しかも、借りた時の金額に「プラス」した「利子」と一緒に返済しなければならない。

これが、現代につながる金貸しの原理の発祥で、「ローン」「闇金」「融資」にあたるものです。そして、この「権威づけ」のために、「王権によってお金の発行権を、金貸しに許可する」必要がありました。

これを行なったのが、ハプスブルグ家に仕えていたオラニエ=ナッサウ家出身の、オランダ総督で、イングランド王・スコットランド王・アイルランド王だった「ウィリアム3世」でした(スコットランド王としてはウィリアム2世。オランダ名ではウィレム3世)。

出典:pinterest.com

意図的かどうかに関わらず、ウィリアム三世が金貸し商人たちに許可を与えたことで、金貸し商人たちの特権的な地位がそれなで異常に大きいものになっていきました。

のちに言われる「ユダヤ金融資本」や「ロスチャイルド」「ロックフェラー」が「借金による世界支配」ができるようになったのは、このウィリアム三世=日本皇族「伏見宮」の子孫によるものだったということです。

〜以下こちらから引用〜

一六九四年、(ユダヤ人と共にオランダからやって来た)ウィリアム三世の政権は、財政的にかなりの窮地に立たされていた。そこでウィリアム・パターソン[born April, 1658 in Tinwald, Dumfries and Galloway, Scotland – died in Westminster, London, on January 22, 1719]という人物を筆頭とする金持ち連中の会社がウイリアム三世に〇・八パーセントの金利で一二〇万ポンドの融資を申し出たが、その条件として、彼らは、自分たちを称して言うところの「The Governor and Company of the Bank of England」(イングランド銀行の正式名称)に資本金相当額の銀行券発行権を認めるよう要求した。

すなわち、イングランド銀行は、金貨銀貨で集めた一二〇万ポンドを二四〇万ポンド(つまり二倍)に変え、一二〇万ポンドの金銀を政府に融資し、もう一二〇万ポンド分の銀行券を自分たちが使えるようにしたということである。

パターソンの読みは当たった。イングランド銀行は、文字通り金を生む特権を獲得したのである。(中略) 実際には、彼らは二、三〇万ポンドほどの準備金も保有していなかった。一六九六年には(すなわち、その後二年以内に)、彼らは三万六〇〇〇ポンドの準備金で一七五万ポンドもの銀行券を流通させていた。つまりわずかニパーセントの『発行保証』で彼らは銀行券を発行し、そこから利子を得ていたのである」

イングランド銀行を動かしていたユダヤ人たちの名前は決して公にはされなかったが、この一六九四年から、同行を通じてユダヤ人がイギリス王室をコントロールするようになったことは明白である。

誰かはわからないよう身元を保護されていたそのユダヤ人連中も、ウィリアム・パターソンが表立ってこういうことを言うようでは、看板役にもう少し思慮深い人間を起用した方がよかったと思ったかも知れない。

「銀行は金という金から利益を得ており、その金もみな無から作ったものだ」

パターソンがこんなふうに秘密をばらすことを選んだという事実から、彼が仲間から見捨てられ、貧乏のまま死んでいった理由にも説明がつくだろう。あるいは、この「シャベス・ゴイ」(密かにユダヤ人の利益を代表する非ユダヤ人。「ゴイ」は「ゴイム」の単数形)が裏舞台ではもはや用済みになったというだけのことかもしれないが。

アンドリュー・ヒッチコック ユダヤ・ロスチャイルド 世界冷酷支配年表 740-1789 p037-039より

〜引用終わり〜

その大まかな理由は「戦争に使うお金が足りない」からです。これは重要なキーワードです。

で、金融といえば「ロスチャイルド」とも言われますが、お金で儲けると言うことは結局のところ、情報操作に長けていると言うことにもなります。

情報の取り扱いに長けていれば、「予言を的中させる」ことも容易いです。と言うのは、そうなることをあらかじめ知っているわけですから、それが起こる前に、それを知らない人に話せばいいだけです。

〜以下こちらから引用〜

【裏の支配勢力史2 ハプスブルグ帝国~タクシス家・サヴォイ家】

1273年 ハプスブルグ家が神聖ローマ帝国皇帝に即位
・スイス出身の貴族・ハプスブルグ家が初めて神聖ローマ帝国皇帝に即位し、1438年以降、皇帝位を独占するようになる。
・この神聖ローマ帝国支配の下で、2つの一族が勢力を拡大していた。

諜報面を担当したタクシス一族、軍事面ではサヴォイ一族である。

1360年 フリーメーソン結成(イギリス)
・イギリスの石工職人達が、自分たちの権利・技術・知識が他の職人に渡らないようにロッジで暗号を使用する秘密結社を結成する。これがフリーメーソンの原型と言われる。
1514年~1517年 大規模な免罪符販売→1517~1536年 宗教改革(ドイツ・スイス)
・ヴェネチアとの交易で富を蓄えたフッガー家が、ローマ教皇庁に食い込み、ローマ=カトリック教会に多額の金を貸し付けていく。借金で首が回らなくなったローマ教皇庁は、免罪符の販売を決断、その販売をフッガー家に依頼した。フッガー家は免罪符販売及びハプスブルグ家への貸付によって、その財産を拡大させて行く。
・その免罪符販売の中心地域だったドイツ民衆の反感が強まり、その反発を背景にルターによる宗教改革が始まる(→プロテスタント)。

1618年~1648年 30年戦争
・16世紀以降、ヨーロッパにおける覇権を確立しようとするハプスブルグ家とそれを阻止しようとする勢力の間での戦争が続く。この際、タクシス一族は、戦争する2つの勢力に雇われ、諜報活動を商売として行う。また、スイスとサヴォイ一族は両方に傭兵を貸し付け金を儲けていた。
・元々、ドイツで王侯貴族お抱えの霊媒師として、予言の的中率が高いと大人気であった「占い師」がトゥルン・ウント・タクシス家であった。

タクシス家は、1489年にハプスブルグ家の郵便物配送を専属で請け負い、その後、貴族や聖職諸侯、外交官、商人の通信を扱う特権も得ていた。

このヨーロッパ全体に広がったネットワークを駆使し、情報を手に入れていたタクシス一族にとっては、予言を的中させることは簡単であった。
17世紀には、タクシス一族はヨーロッパ中を情報面で統一しており、ヨーロッパ各国の王・貴族に、メートル、kgといった測量単位を統一させる。
・17世紀神聖ローマ帝国は、イスラム勢力=トルコ軍から激しい攻撃を受けていた。首都ウィーンが包囲され、国家存亡の危機に立たされる。この時、総指揮官としてトルコ軍を撃破し、ヨーロッパをイスラム勢力から守り抜いた軍人がサヴォイであった。
・19世紀頃から、通信は特定の一族に委ねる事業ではないと郵便事業を国営化する動きが活発化したため、タクシス一族は郵便事業を次々と売却し、巨額の富を得る。
世界最大のスパイ組織の頂点に君臨し、莫大な資産を有するタクシス一族は、現代でも当主単独でヨーロッパ最大の土地所有者であり、かつ50以上の企業を支配している。当主が「自宅」としたドイツのエメラム城は英国王室のバッキンガム宮殿よりも巨大である。
タクシス一族が全産業を支配するモナコには世界中から正確な情報が集まるため、世界中の大富豪から金が集まり、一大金融国家となった。また彼らの本拠地は、ベルギーのブリュッセルにある。EU本部がブリュッセルに置かれている理由はここにある。
・この後、サヴォイ一族の名前は歴史の表舞台から姿を消すが、歴史から消え去った訳ではない。
サヴォイは、麻薬・アルコールを使ったマインドコントロールにより人間を廃人と化し、何でも言うことを聞くロボット人間を使いテロ・暗殺を企てる闇集団として、現在も活躍している。
英国王室に反旗を翻した元英国皇太子妃ダイアナの暗殺を実行したのも、マインドコントロールされたサヴォイの下僕であった。

〜引用終わり〜

これまで見てきたように、バビロニアを起源にする一族が北イタリアで「ベニスの商人」となり、十字軍で争いをして富を蓄積していきました。その後、その一族はイングランド銀行を設立して、現代まで繋がる世界的な銀行システムを構築し、さらに、スマホ決済の普及とクレジットカードを全ての人に行き渡らせることで、全世界の「家畜」に渡ったお金をも自由に利用する準備を進めています。

ネット決済の裏側にはこのような意図もあるようです。

で、ここまで見てきて、欧州が主導権を握っているように見えるこの「金貸し一族」の世界制覇ですが、しっかりと日本も関わっています、というより、日本がいなければ、この仕組みは広がらなかったと考えられます。

ハプスブルグ家がいなければ、この仕組みは広がりませんでしたが、そのハプスブルグ家の初代は日本人でした。

〜以下こちらから引用〜

ワンワールド國軆は、欧州國軆の根源であったスコットランドのケルト王統が世界史の進行の中で衰微したので、天孫皇統の有間皇子がフランク王国に入ってカロリング王朝を建てるが、やがて衰微すると、再び支援するため、南北朝時代に持明院統の伏見宮治仁王が渡欧してハプスブルク大公家を建てた(…)。
 ハプスブルク伯爵エルンスト鉄公に”背乗(はいの)り”した治仁王と、ポーランド王女ツィンバルカ・マゾヴィエツカの間に生まれたフリードリヒⅢ世(一四一五~九三)は後花園天皇(一四一九~七一)と同時代人で、オーストリア大公ハプスブルク家となり、神聖ローマ皇帝となった。ちなみにフリードリヒⅢ世が用いたサインが、AEIOUの五母音であることが何を意味するか。これは本稿の読者のみが感知することと思う。
 フリードリヒⅢ世が周到に準備したうえ欧州に迎えた大塔宮護良親王の王子・王孫が、ひそかに建てたのが欧州王塔宮家で、オランイェ=ナッサウ家となり、これから出たビュルム1世がオランダ王国を建てる。

〜引用終わり〜

ここの「ビュルム1世」は「ウィレム1世」のことで、イングランド銀行の時に金貸したちに「許可」を与えた「ウィリアム3世」と同じ一族です。

簡単にまとめると、日本皇族の有間皇子や伏見宮治仁王がヨーロッパに渡り「成り済まし」や国際結婚により、ヨーロッパ王室と混血していった。

というのが、上で紹介した「落合莞爾説」です。

原発を日本に持ち込んだクーデンホーフ=カレルギーもハプスブルグ家の執事で、彼の奥さんは東京青山の地主、青山家の娘・光子だったことも有名です。

上で見たように、ハプスブルグ家は、治仁王(はるひとおう)の息子が初代です。しかも、治仁王の息子のフリードリヒ3世は神聖ローマ皇帝です。

重ねて言いますが、1600年頃に、海上貿易の先駆けとなる「東インド会社」が、イギリスとオランダで設立され、ともに熾烈な競争を繰り広げて、世界中の植民地で作物や鉱山などを手に入れて、富を蓄積して行きました。

イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが日本に来たのも、その一連の流れの中でのことでしたが、この歴史を見ると、ザビエルもまた、伏見宮家と血の繋がりのある皇族の可能性があります。

黒船が日本に来たことや出島の南蛮船(ポルトガル)や紅毛人(オランダ人)などとの貿易、さらに言えば、その時に日本が交易をしていた唐(中国)も、天竺(インド)も全て、同じ血族でつながっている可能性があります。

少なくとも、種子島の鉄砲伝来の時の船の船長は王直という中国の海賊「倭寇(わこう)」の船長で、さらに、倭寇には「漕ぎ手」として、日本からの奴隷が使われていたと言います。

奴隷を奪ったのか、国家間で公式に交易したのかは不明ですが、何かしらの友好関係を持っていたことを意味します。さらに、海上貿易が盛んになった16世紀に「鉄砲」という技術が日本にも上陸し、代わりに奴隷として日本人がヨーロッパに連れて行かれたとも言われています。

この時代に生まれたキリシタン大名とは、鉄砲の原料を得るために、キリスト教に改宗することで、武器商人たちと仲良くなり、優先的に利益を得ていた人たちのことです。武器が欲しいがために、人々を奴隷として、ヨーロッパに売り渡しました。

その後、1800年頃からこの一族が日本に本格的に「開国=近代化」を迫ってきました。東インド会社の従業員が起業した「ジャーディン・マセソン商会」が、「薩長土肥」の日本の有力者を資金的にも技術的にも支援して、明治維新を成功させ、その時に、「世界王室連合」の計画が議論され、「堀川政略」と言われる「裏天皇と表天皇」という方向で日本を取り込んだ近代化へ進んだ。

もともと、東インド会社も薩長土肥も同じ一族だと考えると、明治維新期に西郷隆盛や坂本龍馬などの「薩長土肥」を支援したイギリスの一団も天皇を中心に「世界統一」を狙っている可能性も十分に考えられますし、さらに、お雇い外国人として明治期にやってきた多国籍な外国人も同じ一族だったと考えられます。

アメリカから招聘され、北海道農業の基礎を築いた「御雇外国人」のエドウィン・ダンも「スコットランド」に出自を持ちますし、聖路加病院を設立した宣教師たちもスコットランド系でした。

ここでいう、スコットランド人はつまり、北イタリアにルーツを持つ「金融一族」が、スコットランド国籍となって、日本まで来ていたということになります。

庶民感覚としては普段感じることはありませんが、彼ら支配者・皇族は尋常ではない「血」への執着を見せます。

しかし、その血族がおおっぴらにはバレてはいけない。そこで彼らは様々な偽装を得意とします。

「養子」による苗字の変更によって、重要人物はその血族を「隠蔽」させた上で、世界統治のための重要なポジションに就かせると言われていますし、そもそも皇族は「戸籍」がないので、私たち庶民と同じ制度の中に生きてる存在ではないのです。

しかし、遺伝が如実に現れる「顔、癖」は、その血族を隠しきれず、それ証明するかのように、ツイッターでは、日本や外国の多くの重要人物が、皇族と顔が似ているということが話題となっています。

さらにアメリカと関係が悪化したかのように「印象操作」した2回目の「米朝首脳会談」では、1回目の会談の時の金正恩と全く違う人が「金正恩」として会談をしていたようで、ネットでも話題となっていました。

ご存知かもしれませんが、その時世間を賑わせていたのは金正恩の「そっくりさん」が、政治的によろしくないとして訪問先の国から強制退去させられた、というどうでもいいニュースでした。

つまり、金正恩のすり替えがバレないように撹乱させるために、どうでもいいニュースを流して、本来の金正恩がどれなのかを見分けにくくする意図があったようです。

先ほど、郵便事業を行っていたタクシス一族が、敵対する双方に「傭兵」を貸し出し、両陣営の情報収集も行なっていた。と話しました。

北朝鮮とアメリカの裏側に、タクシスのような「情報屋」がいて、ニュースを利用して庶民に嘘の情報を流していることが、北朝鮮とアメリカの会談のことから見ても、事実だと考えられます。

つまりこれが何を意味するのかというと、結局のところ、狭い一族によってこの世界は統治されているということです。

これからますます、嘘には嘘で誤魔化すしかなくなった一族の、悪事がバレていきます。そして、彼らがなぜ繁栄できるのかを完全に知るには、日本人が苦手な「宗教」や「霊界」のことについて、正しい知識がなければなりません。

ご興味のある方は、以下のサイトをお読みくだされば、さらに深く世の中のカラクリを理解することも可能です。

我々人類が神様の手によって守られてきたという数々の証拠。悪魔の滅亡が近く起こりそうな数々の予兆。

天皇こそがこの日本の最高権力者であり、それを裏から支えてきたのが創価学会です。

天皇がどこからどう見ても悪魔崇拝者であるという証拠。

ロスチャイルドとイエズス会と天皇が悪魔を召喚するプロであるという証拠。

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