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農業は修道会と錬金術が進歩させた。明治維新と蒸留技術から見えるかつての「総合商社」|Garden Dairy 2019年1月28日

ぶどうからワインができるということを知ってから、かつて実際に実験をしたことがありました。

人間の腸内と酵母菌の働きの類似がわかる「嫌気発酵」実験記録。ブドウを瓶に入れて酸素を断つと自然に酵母菌が繁殖!

酒類の分類でいえばワインは「醸造酒」に分けられるものですが、今回見るのはウイスキーや焼酎などの「蒸留酒」にあたるものです。

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引用元:お酒のあるライフスタイル

農業や自然界のことを調べる時に結構な頻度でたどり着く「蒸留」という技術が、いつどこで始まって今にまで繋がっているのか、ということを知りたいと思い、ここで一度まとめておくことになりました。

さらにこの蒸留という技術が、西洋銃の技術とも関わりがあることを知り、さらに興味をそそられました。

銃を発砲(起爆)するためには、蒸留技術とガラス加工技術がなければ不可能だったようです。

〜以下150年の歩み〜敬〜|150周年記念|濵田酒造 から引用〜

日本最初の洋式工場群「集成館」は、それを具現化するいわばミニ工業団地であり、そこでは洋式銃の量産とその起爆薬の雷汞(らいこう)づくりなどが推し進められていました。

雷汞をつくるためには、水銀を硝酸で溶かしてエチルアルコールに反応させなければなりません。当初は米焼酎のアルコールを転用するつもりでしたが、米だとコストが膨らみ、民の食生活に影響を及ぼします。

そこで斉彬は芋焼酎に目を付け、サツマイモから極めて純度の高いアルコールが得られる連続式蒸留装置を開発。結果的にこの技術革新が、臭みのない芋焼酎をつくり出す基礎力となりました。

さらに、劇薬を保管する耐酸性の薬品用ガラス瓶をつくるうち、工芸品としての薩摩切子を創案するに至ったのです。

〜引用終わり〜

で、ガラスといえば、ヴェネチアングラスが有名ですが、それより以前の紀元前3000年頃にはすでに「オリエントガラス」が作られていたようです。ガラスを作るという技術の歴史も非常に深いものがあるのでまたの機会にお伝えできればと思いますが、ここでは薩摩切子でできた「薬品用ガラス瓶」に入っていた劇薬=銃の起爆剤について見ていきます。

ガラスと同じく、蒸留技術もまたメソポタミア時代の「香料=香水」を作る蒸留技術がもっとも古いものと言われています。

〜以下同上から引用〜

しかし紀元前3000年頃には、メソポタミアで香料をつくる蒸留がすでに行われていたのだそう。お酒の蒸留を記録したものは古代ギリシャの哲学者アリストテレスによるワインの蒸留が最初のようです。紀元前4世紀以降には、アレクサンドリアを中心としたヘレニズム文化は錬金術に磨きをかけ、銅製の蒸留器「アランビック」を発明します。

現在のモルトウィスキーやコニャックをつくる蒸留器も「アランビック」。日本では「ランビキ」と呼ばれていました。アリストテレスから約1000年後となる8世紀以降になると、イスラム軍とともにスペインに渡った錬金術師たちによって、「蒸留酒」はヨーロッパ各地へと伝えられていきます。

中略

中国で「蒸留酒」がつくられたのは13世紀(元の時代)の頃といわれています。さらにタイから沖縄に14~15世紀頃伝わります。九州へは沖縄や中国から伝わりました。蒸留という技術が生まれ、錬金術によって磨きをかけられ、長い年月をかけて世界各地に伝わり、九州では本格焼酎が生まれました。

〜引用終わり〜

日本には大航海時代(室町時代)にポルトガルやスペインとの「南蛮貿易」のなかで、鉄砲やキリスト教とともに「蒸留酒」も伝わったようです。

で、現在の「蒸留酒」には甲類と乙類という分類があり、銃弾製造に利用した「連続式蒸留器」は、不純物が少ない純度の高いアルコールを抽出することができ、これは「甲類」に分類されています。

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「連続式蒸留器」引用元:Wikipedia

この「連続式蒸留器」によって得られる純度の高いアルコールが、よりコストを下げた、起爆剤「雷汞(らいこう mercury fulminate)」を作ることに繋がりました。

関連画像

引用元:verytopfive(最下部から雷汞を補充(Charge))

そもそも、これらの特殊技術を研究できるのは、富と権力がある場所でしか行うことは不可能です。土地と民を支配し、戦力・国力を上げて、他国より強くなるというような大義名分がなければ、このような研究を進めることはできません。

それは「これからはAIとIoTの時代だ」と言いながら、次々と素人には意味不明なテクノロジー研究に国家予算を費やしている現代日本と何も変わりません。

なぜ政治家や国のトップが、これらの方向に進むのか。

ということは、もはや、「神のみぞ知る」という部分が多くあります。で、おそらくある時代までは「錬金術」と言われるものが、現代でいう「最先端研究」のものであったはずです。

以下、蒸留技術と錬金術についての簡単な年表をご覧ください。

紀元前3500年頃|香水製造のための「蒸留器」@メソポタミア地方
紀元前300年頃|アリストテレスがワイン蒸留
紀元前100年頃|錬金術師「水銀」発明 副産物として「アルコール」発見
400年頃|ローマ帝国滅亡。修道会の前身組織の機運。
*中国 方術(神仙術)家による錬金術=煉丹術文化あり。
700年頃|「蒸留器」アンビック(アランビック)を発明。アレキサンダー大王の大都市アレキサンドリアを制服したアラビア人による。
*中国の錬丹術により「黒色火薬」発明。
1200年頃|十字軍遠征の功績で、衰退していた錬金術が復活
1300年頃~|キリスト教圏で表向き「錬金術禁止」修道会では研究が続く。

蒸留と錬金術にフォーカスした年表ですが、紀元前100年頃には錬金術師が水銀を発明し、その副産物としてアルコールを発見していたとあります。

で、錬金術は歴史上何度も禁止された文化だったようですが、1300年頃のキリスト教の隆盛で「錬金術禁止」の機運がたかまり、表向きは錬金術は消えて行きました。

しかし、多くの貴族・皇族たちは相変わらず影で錬金術師たちを支援していたそうで、その上、かつてローマ帝国滅亡の影響で錬金術師だった一族が形作ろうとしていたという経緯を持つ「修道会」によって、(おそらく)偽キリスト教のもとで宗教者たちが、錬金術を引き継いで研究していました。

で、修道会は国から手厚く守られていたために、第一次産業を中心に生活のほぼ全てをカバーする現代でいう「コングロマリット」「総合商社」とも言える組織・会社のようになっていたようです。

〜以下Wikipediaから引用〜

修道会の資産は世俗の地主と違い遺産配分などで分散されることもないため、広大な土地を治める地主となっていった。

経済力のある修道会はモールドボード・プラウなど、貧しい農民には手の届かない農業革命の技術を率先して取り入れることができた。

時とともに修道院は、修道士が自作するのではなく土地を貸し借地料を取る、水車や風車による製粉権で収入を得る、収奪した余剰食糧を商材に市場を運営する、蓄積した富で金融業を営むなど、清貧とは程遠いアグリビジネスへと変貌した

〜引用終わり〜

豊富な資金を盾に、貧しい農民には手の届かない当時最先端の農業テクノロジー(プラウ=牛とブレードによる耕転技術)などとともに、中庭や広大な土地で植物を栽培し、同時に化学的な研究も次々と行い、まさに今のサイエンス=科学につながる研究を行なっていたのが修道会だったようです。

カーブしたモールドボードを備えた中国の鉄製プラウ、1637年 引用元:Wikipedia

シェイクスピアと同時代の13世紀のカトリック司祭で修道士、哲学者、自然科学者として知られるロジャー・ベーコンも、日本にやってきたイエズス会のフランシスコ・ザビエルも、彼らはただの宗教者ではなく、広大な土地と富と権力と最先端技術を有していたまさに支配者だったわけです。

正確には彼らの行動が世界が進む方向を決定していたということです。

で、これはまだ推測の域を出ませんが、現在、生活インフラの中心として活躍している「石油」もまた、蒸留技術がその発展に絡んでいたようです。

大英帝国イギリスが世界を牛耳る力となった「産業革命」の中心的産業の鉄鋼業に欠かせない「コークス」の製法の一つに石油の「蒸留」によるものがあり、コールタール(タール)もまた「分解蒸留」という技術から得るもので、中世イスラム世界では、もっとも洗練された道路はタールで舗装されてたものでした。

〜以下こちらから引用〜

中世イスラム世界では、 多くの道路がイスラム帝国中に建設された。

最も洗練された道路はイラクのバグダッドにあるものであり、これは 8 世紀にタールで舗装されていた。

タールは石油に由来するもので、この場所の油田から産出され、分解蒸溜 (destructive distillation) により得られたものである。

〜引用終わり〜

ここまで、蒸留技術は兵器の開発にも直結していたもので、それらの技術を有していたのは、莫大な富を持つ一族だったということを見てきました。

農業機具の「プラウ」を作る時にも、当然ながら「鉄加工技術」が必要となってくるわけで、つまりは「タタラ場」と呼ばれるような、鉄鋼工場もあったわけでしょう。

ツタンカーメンの「お面」があるように、紀元前2000年頃の古代エジプトにはすでに「金」を加工する技術があり、当然ながらその技術は、その後世界各地に何らかの方法で広まっていったことでしょう。

人間の歴史はほとんど争いの歴史とも言えますが、今の時代ようやく人類は、武器によって争うことのない次元の高い時代を生きれるようになったのではないでしょうか。

武器はどんな言い訳・弁明をしたところで武器であり、自衛隊が「防衛のため」と言おうが、今の時代には「兵器」は必要ありません。

少なくともそう望んでいる人が大半です。

つまり、人に恐怖を与えるような用途の「銃」は必要ない。速やかにそんな時代は抜けだすべきだと感じます。

もちろん現実的にはそう簡単にはいくものではありませんが、戦争を経て、私たちは殺しあうことの無益さを知り、それを二度と繰り返すまいと強く願い、実際に次の次元に進んでいくことが、真に人類が平和になることに繋がると考えます。

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