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オリンピックと古代ギリシャと天皇家一族。視聴率操作と世論作り|Garden Dairy 2018年12月13日(木)

人は心に考えていたことを言い当てられると「ドキッ」とするものです。

「隠していたこと」をいい当てられると追い詰められたように思うものです。

以前は政治ニュースというものは見ていても全く意味がわかりませんでした。

俗に「官僚語」とも揶揄される言葉の使い方も、自分の言葉で話していないと感じ、常に違和感とともに聞いていました。最近はそんな政治がちょっとずつ理解できるようになってきて、これは自分史の中では奇跡に値するものです。

インターネットが普及したことで、テレビだけではわからないことが多くあるということを知ることができました。「二枚舌」の常習犯こそが政府なのかとも感じます。

インターネット上に溢れる「情報」というものは、価値あるものと言われます。その言葉というものは、時に人を死に追いやることも、人の気持ちを楽にすることもできる諸刃の剣です。「情報弱者」という言葉もありますが、情報を知っていることがどれほどの強みなのかということを日々感じています。

ニュースで報道されることはあくまでヒントであり、決して答えではないということがわかってきました。

ネットで正しい情報を探し出すことに慣れている人は、テレビや新聞の報道がほんの一部の事実しか伝えられていないこと、重要な部分を意図的に伝えないようにしているということを知っています。

物事の真実や事実は、その当事者にしかわからないものですし、人間は自分の都合のいいように物事を捉えることも多々あります。

ここに書かれていることは、実際に事実として書かれていることと多くの憶測で成り立っています。状況からある法則によって人々がなしてきたことをヒントに、事実をあぶり出すという作業をしてきたつもりです。

ここでは、何かと話題の2020東京オリンピックを開催することで誰がどう喜ぶのかということと、それがモラル的に異常なイベントで、古くから続けられてきたものだということを明らかにしていきます。

オリンピックは大企業がぼろ儲け、庶民は益々貧しくなるためのイベント。しかも意図的に

「意図的に」

というのは行動だけから読み解くのは難しいものです。しかし、マスコミというものが、ある考えを一度に多くの人に伝えるという性質のもので、それによって「常識」が形作られることがあるように個人の価値観を変えるほどの装置でもあります。

「オリンピックをやらなければならない。」というのは誰が言い出したことなのでしょうか。サッカーにW杯があるように、それぞれの競技で世界一を決めればいいと思うところもあります。わざわざ一度にいっぺんにやらなくてもいいだろうと。

しかし、少なくとも私が生まれた時からオリンピックは「当たり前にやるもの」として世の中に存在していましたし、それはもちろん、マスコミが普段からの理由づくりをしてきたからです。

視聴率というものも、その理由の「強度」を強くするためのもので「多くの人が支持している」=「いいもの」という風潮を作る装置だということが今では明らかになっています。

〜以下─灼熱─から引用〜

03年、日本テレビのプロデューサーが、“視聴率買収事件”をひき起こした。

これは視聴率調査会社のビデオリサーチの調査対象世帯に対し、指定した番組を視聴するよう依頼し、視聴率を工作したという「事件」である。現在のテレビ放送は、この視聴率至上主義という信用しがたい数字によって大きく左右されている。視聴率が高ければCMが高く売れることから、業績に大きく係わることになる決定的な数字のようである。

このような重要な数字を独占して調査しているのがビデオリサーチなのだが、「独占」と書いたように、ここにはライバル会社が存在しない。

そして最も重要なのが、ビデオリサーチは電通の関連会社であり、電通が同社の株を34%所有する大株主ということだろう。電通の子会社ビデオリサーチは、「全国新聞総合調査」までやっているらしい(社長が電通顧問を務めた竹内毅)。

私には、「視聴率」という数字が信用できるものとは思えない。

〜引用終わり〜

いい成績を取らなければならない、という思いが強ければ強いほど、当たり前のように嘘をつくことをするようになります。

このように世論をつくってやってきたオリンピックですが、ここへきてその化けの皮が剥がれてきたというところでしょうか。色々なところに矛盾が生まれてきており、それを指摘されることも多くなってきました。

そしてこのオリンピックを何としても開催したいのは誰なのかというと、上に引用したリンクサイトにも書いているように、天皇家に近しい親族の方々です。

JOC会長で、2020東京オリンピック委員会の副会長に名を連ねる竹田恒和は、天皇家に近い皇族であることが知られています。そして、その竹田恒和と同じ大学の友人で、無給であるJOC会長職を「有給(月額130万円)」にしたり、竹田氏をJOC会長職へと後押ししたのが、高橋治之という人物です。

書籍「電通とFIFA〜サッカーに群がる男たち〜(光文社新書)」で多く紹介されていますが、高橋治之は電通で働き、かつてはただのサッカー好きの集まりだった国際大会(W杯)を、スポンサーをつけて膨大な利益を生み出すものへと商業化した立役者の一人です。そして高橋治之は、2015年にブラッター会長など多くのサッカー関係者が贈収賄容疑の一斉摘発で話題になった「FIFA汚職事件」に関わっていると疑いをかけられていた人物でもありました。

国際スポーツビジネスの顔役としてその名を知られ、これまでは舞台裏で活躍してきた方ですが、2020東京五輪には35人目の理事として役員に名を連ねています。

そしてもちろんこの方も皇族と近い関係を持っています。

ともかくオリンピックは天皇家一族にとって、とても大事なお祭りだということがわかります。例えば私の一家や近しい友人にとってのオリンピックは全く興味のない対象です。サッカーなどは好きですが、特段オリンピックでやっていただかなくても構わないものです。

テレビやマスコミで報道されるほどは、オリンピックが国民に受け入れられているイベントではないとも言えます。

そもそもオリンピックというものは、はるか古代ギリシャ時代からつづくイベントです。なぜオリンピックはそんなに大事なのか、そして、それはどんな意味を持っているのか?時代を遡って見ていきます。

古代オリンピックは裸の男を見るための「口実」

古代ギリシャの哲学者プラントは、レスリングの選手てしても知られていました。

そしてこのレスリングというのは、当時のオリンピックでもすでに競技として行われていたものですが、プラトンが設立したといわれる学校に「アカデメイア」というものがあります。これは「アカデミア」の語源として今でも学術や学会・教育の場所を指す言葉ですが、その当時のアカデメイアではスポーツも盛んでした。

正確に言えば、アカデメイアというのは英雄に由来する「土地の名前」であり、森林が茂る「聖林・聖域」だったようです。

そこでプラトンは都市国家「ポリス」の政治家を養成するための施設を作りました。これが「アカデメイア」と言われるものです。そこには「ギュムナシオン」という体育場もあり、音楽をはじめとする芸術や、政治・経済・科学のような学問全てが揃った学びの場だったといいます。

そしておなじ体育場をもつ施設に「キュノサルゲス」がありましたが、ここは主に私生児を集めて教育していた場所でした。さらにこの施設は、生贄を捧げている時に現れた「白犬」の伝承に由来する体育場で、これら「ギュムナシオン」は社交場としての側面もあり、名詞にすると「裸になる場所」という意味があります。

ここでは、レスリングやボクシング、球技が行われ当然ながら「裸」で訓練していました。さらに、公務員が教官=トレーナーとして子供や少年たちを指導していましたが、「裸になって鍛える」という慣習は元々「肉体美を鑑賞する」という目的があったようです。

トルコの伝統競技(国技)に「油相撲(ヤールギュレシ)」があり、大量の油を体に塗って競技をしますが、これと同じことがすでに古代ギリシャから始められていたことを意味し、これはつまり、これらの一族が代々この競技を続けているということにもなります。そしてこれは、日本の国技として知られる「相撲」になったことは誰が見ても明らかでしょう。

そして、ギリシャ時代、非常に高価だった「油」を使ったのは、肉体に光沢を出すためだったと言います。無駄遣いもいいところですが、それを国技と言ってしまう図々しさもすごいものです。

当時の大都市「アテナイ」には、このギュムナシオン(体育場)は、アカデメイア、リュケイオン、キュルサルゲスという3つの場所がありました。

これは言ってみれば、今で言う部活動のある学校制度と全く同じものだったということですね。ちなみにその後、ローマ帝国になってこの文化は廃れましたが、おなじようなものが強制キャンプや戦闘ゲームなどに代わって続いたと言います。

今一度言いますが、これらは現代でも天皇=支配者が「やらなければならない」と狂人のように考えて、電通を筆頭にマスコミ、政治、産業界全てを巻き込んで行うイベントです。

そのために国民から徴収される税金を利用するというのは一体いつから始まったのでしょうか。あらためて冷静に考えると、オリンピックが摩訶不思議な謎のイベントだということはインターネットが普及した今となっては、多くの人が疑問に思っていることでしょう。

そして少年の肉体を見ることで喜ぶ男というのは、総じて感覚が普通でない人だということは、誰が見てもわかると思います。そして当然のように、現代の支配層の中にも性的にモラルが崩壊している人がたくさんいます。

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そんな文化が連綿と続けられているのが現代ということがお分かりいただけたと思いますが、ここでもう1つ簡単に付け加えたいのは、彼ら支配者一族は「占い」が好きだということです。

そして庶民と大きく違うのが「霊の存在を心底信じている」というところで、先ほどの伝承でも言いましたが、「白い犬が来て啓示であるかのように導かれてそこに神を祀る意味で施設を建てた」ということをできるのは、それらに特別な意味を持つように考える人たちだからこそ、できるものです。

つまり彼らの考えていることは、神社仏閣にお参りをしながらも、無神論だと言い張る日本人の感覚とは「天と地」ほどにかけ離れている、ということを意味します。

そんなオリンピックというイベントが日本の未来にとって、全く建設的でないものであり、宝くじに当たるような一時的な「から騒ぎ」であることが分かることをご紹介いたします。

最近は当たり前となってきている「派遣」という働き方ですが、これは海外では悪どい仕組みだということは知れ渡っており、高給の職業だけにしかない仕組みです。

16卒無い内定無職の就活日記

そもそも「お上」のいう通りという文化が根付いている日本では、自分の給料がどうなっているのかに気づく労働者はそう多くありません。少なくとも斡旋料として支払われるお金を、斡旋会社はその半分以上を抜き取っています。

実際に働く人ではなく、ただ一度紹介するだけで、多くの利益を得るというこの仕組みのおかしさを最低限知っておくべきでしょう。

そして、このオリンピックというイベントこそが、もっとも派遣を助長するようなイベントといえます。大抵のオリンピックの準備は本格的に動き出してからほとんど時間に余裕はない状況になります。特に今回の2020東京オリンピックでも、国立競技場を建て替えるかどうかという部分でも揉めにもめました。

そして、ただでさえ時間がないのに、ますます時間が削られ、ともかく開催に間に合わせなければいけないということで、早急にスタジアムを作ることになります。そうなるともう力技で、外国人でもなんでもいいいから働かせるという強引なやり方がまかり通ってしまいます。

一時的な労働者を作り出しているのが、これらのオリンピックをはじめとする大規模事業というもので、これは、開催後のことを何も考えていない証拠でもあります。これはオリンピックだけに限らずですが、オリンピックだけでも夏と冬で2年に一回、そのほか、万博など「新たなことが要求されるイベント」では、「使い捨て」の文化が必要となるのです。

このことに気づいて一人一人が、使い捨てでは無い働き方ができるようになることを強く願います。

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