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健康とは何か?発酵と腐敗または、良い菌と悪い菌「良い食事」と「悪い食事」

はじめに結論を述べますと、健康というのは、それを「意識しない状態」です。

弓道で弓を真っ直ぐに射ることは、矢と一つになること

古くからそういった感覚が言われているように、健康であることは、健康になりたいとか、これをやったほうがいいとか、世間で言われていることに流されないことと、自分の体をしっかりと観察する中で自ずと見えてくるのもだと思います。

まさに「意識しない状態」です。

以上のことを踏まえつつ、発酵と腐敗について見ていきながら、健康について今知っていることを総合的にまとめていきたいと思います。

腐敗と発酵。「人間に害があるかどうか」とは?

発酵と腐敗の違いは「人間に害があるかどうか」だそうです。しかし、その菌の数は8万と言われ、人それぞれ全く違う菌への体の反応をするため、一概にこれが正解とは言えないものだと思います。

腸を健康的な状態に保つということが健康に良いという理論が話題になりました。

何を食べるか?ということも重要ですが、どう食べるか?という部分が重要だということが、今私が最も感じることです。

それは、私自身が一時期「暴飲暴食」から抜け出せず、痛い目にあった経験を経て、今「自然の状態」に近い方法で食生活を送っていることが理由となります。

暴飲暴食はいわば、時間外労働をしても、いつまでも終わりの見えない、しかも、締切の迫る重大な仕事のようなもの。

そもそもの生産レベルを上回る仕事量があるため、人員を増やす以外の解決策はない状態。

しかし、人の体は、一人ひとり違ったキャパを持っていて、それを一般論で語ろうとするのは、非常に無理があると感じます。

それか、この手の話でいつも陥りがちな罠は「健康とは病気や不調も含めたもの」だということ。それについては次の見出しで更に詳しく見ていきましょう。

良くなることが良いことか?良い菌と悪い菌。

何が悪いかどうかと言うのは、日常生活のレベルで考えると、何がいいか、悪いかと言うのは「食べてみてからわかる」ようなレベルです。

もちろん、一般的に牛乳を飲むと下痢をし易い人などもいますが、では、牛乳は悪なのか?と言われればそうとも言えないでしょう。

牛乳には大した栄養はないという研究もあるようですが、これも薬と同じで、信じることのほうが重要だと思います。

そして、いい菌を多く増やすということは、それは言い方を変えると、自然に持っていたものを変化させるといえるのではないでしょうか。

極力固形物は体内に入れないほうが「より良くなる」という結論を持ったことから、やはり、消化という作業は非常にエネルギーの必要とするものだと感じます。

体内の菌については、それらは、もともと人間の体内で作られるもので、特定の菌を外部から入れる必要なないというのが私の結論です。

もちろん、牛乳と同じように、体に合うと思う人は続けていただくことをおすすめしますが、風邪を引いたときに、おかゆを食べるという習慣も、噛み砕いて言えば「栄養はほしいけど、固形物は入れないほうがいい。」という知恵のもとに出来上がった習慣だと思います。

これにも個人差はもちろんありますが、必要に応じて、食べたり飲んだりどの食事を選ぶかを感じることが重要だと感じます。

良い食事と悪い食事のバランスのとり方

これはある程度経験から、明確に言明することができます。

もちろん私に取ってですが、コーヒーは何かを「硬化」または「緊迫」のような作用があるように感じます。

これは、体内での話で、香りからはリラックスの効果を感じることから、非常に対極の作用を持ったものが「コーヒー」という飲み物だと思います。

逆に、白湯は色からもわかるように「弾力」があり「ほぐす」ような作用があると感じます。

これは白湯のみ健康法でもご存知の方も多いと思いますが、それもこれもどの程度、実践するかというところが重要なものだと思います。

肉体だけの健康はない。霊的な健康に目覚めるために

しかし、ここまで話してきたのはすべて「肉」の話です。

人間は「食事」だけで栄養を得るような生命体ではありません。

自分の好きなものに熱中しているときは、寝食も忘れて、常人では出来ないことができるときがあります。

これは、聖書でも有名な一説にそのことがしっかりと書かれています。

「イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある』。 」(マタイによる福音書4章4節)

ここで、イエスが言っているのは、パンは肉体を癒やすもの、生かすもの。ここで言えば、何を食べるかを考えること。

その肉ともう一つ重要なものが「神の口から出る一つ一つの言葉」で「霊体」を生かすと言っていることです。

よって、現代の人々が永遠と次から次へと健康食品を買わなければならない状態に陥っているのは、この霊の部分をないがしろにしているからです。

そして、私がこのことを深く知ることになるためには、それを実践することで実感することができたことから、今このように文章にしています。

私に取っては、芸術と呼ばれる音楽、映像、写真などはどれも「趣味」という範囲のものでした。

それは、常識にとらわれていたからともいえます。

しかし、その趣味と思われていたものを、真剣にそして、自分の「資質」から来る情熱に素直に、赴くままにしかし、はじめは自制しつつ肉と霊のバランスを取っていきました。

すぐに変化は見えるものです。暴飲暴食を徐々に抑え、きつくもなく、制約も少ないストレスフリーな状態になることができました。

もちろんこれを継続して続けることが重要なので、霊と肉を勉強して日々取り入れることを欠かさないように努めています。

このように、健康とは、何を食べるか、どんなふうに食事を取るかということ以外にも、神の言葉を知り、そこから栄養を受けて生きるということが、次世代の健康の鍵となってくるでしょう。

しかし、霊に対して「恐怖」や「遠い存在」のように考えている限り、幸せはやってこないでしょう。

現代のテクノロジーでエジプトのピラミッドが作れないように、あまりにも「肉」のことを求め続ける人間に成長はありません。

私は、グリーンプロジェクトをそのような実践の場の広がりだと考えています。

キリスト教徒になることと、聖書を読み神の言葉を知ることは、一つのことではありません。

信仰はもっと自由な時代に入っているのです。

以上で「健康とは何か?発酵と腐敗または、良い菌と悪い菌「良い食事」と「悪い食事」を終わりにします。

 

グリーンスーパーバイザー タカハシ

 

 

参考サイト:キリスト教最大のタブーその二。聖書に書かれた奇跡はほとんど奇跡ではない。

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