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何もない自分には才能がないと感じる人へ【ある】【ない】という勘違いに気づくために知っておくこと

才能を悪いものに使えば、いずれ才能は潰れていきます。

才能を良いものに使えば、才能はますます伸びていきます。

この記事を読み進めていくと、この言葉の意味をはっきりと理解することができるでしょう。

才能はあるかないか?という問題ではなく、そもそも最初からすべての人に与えられている個々人の才能を、見出し、守り、育て、正しく使う事ができるか?が何よりの問題だということなのです。

そもそも才能はすべての人に与えられてるが見出し、守り、育てることができない

私達を取り囲むすべての社会構造が才能を潰すためにあるといえます。だからこそ、私たちはこの才能の価値を見出せずに生きてきました。

すべてがお金のためという価値観は才能を真の意味で伸ばすことを妨げます。

お正月には里帰りという”当たり前”や、働くもの食うべからずなど常識として刷り込まれている誤った考えは数え切れないほどあり、これらが人と違うことを恐れる価値観を生み出し、才能を見いだすことを妨げます。

そして、俗に言う「ドリームキラー」から自らの才能を守るすべを学ばなければ個性や才能を育むことはできません。

才能は何もダンスや文章を書く能力、絵を描くうまさや歌ううまさだけが全てではありません。

人間の眼では、自らの才能に気づくことはできないと言っても過言ではないほどに、我々は盲目になっています。

才能を見出し育てたとしても、すぐにその使い方を誤り、育てたものを枯らしてしまいます。

そのようにならないためにも、いま世の中で才能がどのように破壊されているのかを見ていきましょう。

精神異常や統合失調、幻聴、幻覚が「悪」だと思い悩むことが才能を潰す。

今の医療、特に、精神科の殆どが、人間を何かしらの病気に仕立て上げて、尊厳やプライドを徹底的に奪い、社会でまともに過ごせなくしていくために日夜切磋琢磨しています。

自分には何もできないからただひたすら働いてお金をもらって、休息してご飯を食べるだけの生活を送るようになります。それ以外の生き方はないと思わされます。

仕事と才能を磨くことは今の世の中においてはイコールになっていません。仕事で才能を伸ばせる職業についているのは稀で、【資本主義】という一部の人のところに富が集中するという仕組みの中で、8割の人間が2割の人のために労働をしているのです。

2割の人が才能と認めること以外では、お金を稼ぐことはできない状態になっているのです。

そのために、精神医学に限らず医療は様々な怪しい病気をでっち上げてきました。注意力散漫が悪いと決めつけたのは誰でしょうか。誰だって興味のないことをさせられたら、集中なんてできるはずがありません。

学校の授業をまともに聞けないからと言って、その子供を障がい児扱いするのは、才能を潰している行為でもあるのです。

このように、世の中では、テレビや雑誌などのあらゆるメディアが一生懸命になってすべての人を病気にさせようとしています。それにより、自分が病気で、正常ではないという思いに取り憑かれては、個性や才能を伸ばすことはできません。

あなたの不安はどこからくるものですか?

あなたはなぜいつもありもしないものに悩んでいるのですか?

このように、まとも生きることが何なのか知らない私たちは、ピアノが好きで、ピアノを練習するために週に何十時間使いたいと情熱を持つものを、寄ってたかって潰します。

夢なんて諦めろと言って、趣味という自己満足の道に逃げていきます。その趣味が正しく使われれば才能ですが、誰かより優位になりたいとか、有名になるために何かを極めるという方法では才能を正しく使ったことにはなりません。

では何に使うことが正しい才能の使い方なのでしょうか。

その才能を与えているのは「神様」だということを心から理解して、正しく使わなければ自滅する

人間に梅干しの作り方を教えたのは神のような知恵を持ったものから、気付きが与えられたからです。

カメラで美しい鳥を撮影しに行って、その鳥がカメラに収まるように鳥と人間を導いたのは、神のようなこの宇宙を支配する方がいるからこそです。

そして、すべての人間が血の繋がった父親や母親から生まれでたのは、数々の奇跡を起こした神の働きがあったからです。

神の働きがなければ、人間は何もすることができなのです。

そのようなこの世の法則を司るものが人間に与えた才能を、この世の法則を司るもののために使わなければ、才能は正しく使われたとはいえません。

あなたがもし神だとして、この世を美しくするために、人間という生物に才能という美しいものを与えたにも関わらず、人間がその能力を、あなたが望まないものに使ったら怒るはずです。

いうことを聞かない子供に、親が怒ることと同じことです。

人間はこのように、本来の人間としての目的に気づくことができずに、これまで世の中に登場してきた数多くいる才能あるアーティストは早死し、すべての才能を豊かに使うことができずに世をさりました。

ロックミュージックで言えば、ジミ・ヘンドリックスやカート・コバーンがもっとこのことを理解していれば、さらなる驚異的な影響を世界に及ぼしていたはずです。

彼らは悪の道に進んで行きました。

このような根本的な法則を理解できないことで、デビューまでは才能溢れる作品を作っていたアーティストも、いつしか、どこにでもあるような、ありきたりな作品を作り、宣伝の力だけで生き延びるようになって、才能が枯れてしまいます。

才能を見出すには技術的なことより精神的なことを優先する。正しい行いと悪い行い

才能を見出す方法は様々言われています。

様々な経験をした方がいいとか、常に情熱を持てるものこそが才能だとか言われます。

しかし、それは結局、技術的なことでしかありません。誰かが、才能を見つける中でやってきたことには間違いはありませんが、すべての人に通用する技術ではありませんし、才能を見つけるのには常に自分が一番先頭を進んでいかなければ行けません。常に孤独で、先の見えなず、誰も案内はしてくれません。

そのときに、常に戻ってくる場所があることでより易しく才能を育てることができるでしょう。

個性や才能というと、人はすぐに、音楽や芸術を思い浮かべます。もちろんそれもら才能ですが、仕事というフィルターを抜きにして、あなたが人と人の間に入ったときに自分がどんな人間になっているのかを見たときに初めて、才能や個性が見つかります。

そして、それはたったひとつのものではありません。

「人に会わないでも全く苦にならない」という人もいれば「人と会わないと調子が狂う」という人もいます。

集団を見ることが得意な人がいれば、個人を見ることが得意な人もいます。

あらゆることには、正反対の価値観があり、自分だけの世界の中で考えているだけでは自らの才能に気づくことはできません。

しかし、何より重要なのは、どうすれば自分が楽しく幸福に時間を過ごせるかと考えられるか?です。しかも、正しいもののためにです。

言葉を操るのがうまいからと、オレオレ詐欺で活躍することはできるかもしれません。しかし、それは正しいことでしょうか。誰よりもお金を持っているからと言って、享楽の限りを尽すのは正しいことでしょうか。

では正しいとは何でしょうか。

正しいとは、悪を働かないことです。

悪とは悪い行いのことです。

不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、ねたみ、怒り、党派心、分裂、分派、泥酔、宴楽、虚栄心、嫉妬、比べる心、恨み、つらみ、自己中心、怠惰、情欲、恋心、高慢、名誉欲、物欲。

これらの悪い行いは、人間の法律で取り締まっていないものでも、人は、その悪の行いによって知らず知らずのうちに裁かれています。裁きとは、刑務所に入るようなものです。自分の意思で選ぶことができる範囲が狭まってしまいます。

人によっては大きく成長させた才能をも剥奪されます。だから、自分の才能を悪い行いに使わずに、

愛、喜び、平和、寛容、柔和、自制、上品、清潔、協力、許し、休息、集中、謙虚、自分の足りなさを知る

という、善い行いのために使うことが、ほんとうの意味で才能を見出し、育て、この世で正しく使うということです。

個性や才能を伸ばすには、正しいもののために使うと一人ひとりが決心しなければ、いずれ才能は枯れてしまいます。

しかし、才能は誰にも平等に与えられているので、正しく使うことさえ学べば豊かに才能を伸ばして、世の中のため、そして、不安や悩みのない宇宙規模の幸福の中で過ごすことができるのです。

これもグリーンプロジェクトが目指す、本来の力です。

 

オーガニックグリーンスーパーバイザー タカハシ

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